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七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

LGBTのBがLGBT勉強会に参加してみた

※ここでは便宜的に「ジェンダーやセクシャリティのあり方が大多数のあり方とは少し違う人々」のことを「LGBT」と表現します。「LGBT」には含まれない人もいるし「SOGI」の方が包括的かなとか、いろんなことを考えましたが世間的な通りの良さとわたしの用語理解度などを鑑みて取り急ぎこんな表記にすることにしました。あしからず。

 

LGBT勉強会

先日、LGBT勉強会なるものに参加しました。社内開催のもので、当事者とも仕事で関わる可能性のある非当事者の方が、たくさん勉強されて、講師として立たれていました。今回はLGBTの認知度も上がってきたので基礎知識を改めて知ろうということが目的でした。基礎部分なので、用語解説が多かったですね。

わたしは今の職場ではほぼカミングアウトしていない状態なので、もちろん講師の先生も周りの人も当事者がそこにいると明確にはわかっていない状態で参加しています。結構身構えて参加したのですけれど、講師も参加者も拍子抜けするくらい真摯に捉えてくださっていたし、いち専門家として「LGBTの方がお客様としていらっしゃったり問い合わせがあったらどう対応するかを学びたい」「失礼のないように寄り添いたい」って思っていらっしゃる人が大多数であるようで、ほっとしました。質疑応答も結構多かったです。

終了後の参加者のみなさんの会話の調子も少し気にしていましたが、一部、ネガティブな反応や馬鹿にするような調子で話している人、まったくの他人ごととして捉えている人もいたような気がします。まあここは、各人の生きてきた軌跡にもよりますから、仕方ないところはありますね。

 

で、そんな研修の最中に、クローゼットな当事者として存在していながら、思ったことをいくつかお話したいと思います。

 

意外とカミングアウトしているLGBTが身近にいる人は少ない

参加者の質問の様子を見ていての、なんとなくの直感ですが、「お客様やクライアントとしてLGBTの方に対応したことはある人はいても、私生活で友人や家族からカミングアウトされて深く話を聞いたことがある人は少ない」んじゃないかなぁ、と思いました。つまり「LGBTが辛さや不便を感じていることは知っているし力になりたいけど、どんな時にくるしさや辛さを感じるか、どんな壁に直面するかを具体的には知らない」ということです。

自分が当事者で、LGBTの当事者と自ら繋がろうとしているから「結構そこらにいるよね」「そこそこ知ってるんじゃない?」という気持ちになってしまっていますけれど、意外とそうではないみたいです。確かにわたしも自分がカミングアウトしていない相手にカミングアウトされた経験は一回だけかな…。身近にいたとしてもカミングアウトされていないか、カミングアウトされていても深い話を聞けないんでしょうね。こんなこと聞いたら失礼かなと思ってしまうということもあるでしょうし、漠然と知りたいと思ってもなにを聞いたらいいかわからないということもあるかもしれません。なので勉強会で事例を知りたがるし、参考文献を聞きたがるのかなと。

そう思うと、当事者の「自分語り」って結構大切だなと感じました。聞く側がどういう反応をするかわからない中ではリスクが高いので、どんな場で、どのように語るのか、匿名なのかカミングアウトするのかというところは難しいですが、できる人ができる場で語ることってきっと大事なんだなと思いました。アクティビストの皆さんやLGBT研修をやられる当事者の方には頭が下がります。わたしも自分ができることを無理しない範囲でやれたらいいな…。こうやってブログを書くこともその一つですが、いずれは職場で、対面で、ひとに自分のことをきちんと話すようなこともやってみたいです。

 

欠けがちな内容、視点

非当事者の方が研修や勉強会を企画されるとやっぱり事例が少なくなるなとは思いました。普段からそういうアンテナを立てている当事者の方がやはり情報量は多いんだろうなと。一橋大の学生さんの自殺の話なんかは、結構話題になってた印象なのでアウティングの用語説明の時に話が出るかなと思ったのですが、出てきませんでした。全体的に事例が豊富とはいえない印象でしたし、話す人もなんだか自信がなさそうに話されていました。

そして、やっぱり簡単でもいいのでライフヒストリーに沿って説明しないと、全体像が掴みにくいよなぁと思いました。生まれてきて、思春期に悩み苦しんで、やっと自分を受け入れて、でも周囲や家族には言えないみたいな葛藤やいろんな問題があって、やっとなんとか乗り越えて幸せに暮らしていても将来が不安、それはなぜかというと…みたいなものが語られないと、単に「パートナーがいても家族割を受けられない話」とかになってしまうんですよね。それはそれで問題ですけどもっと色々、困難や生きづらさがあるよね、それを知ってほしい、と思いました。

最後に、感覚としてわかってもらうということがなかなか難しいけれど、そういうことができたらいいなと思いました。普通に語ると「お勉強」になっちゃうんですよね。「こういう人にこれこれこういうことを言ってはいけませんよ」「わかりました」みたいな。なぜ言ってはいけないのか、どんな気持ちになるのかが、自分ごととしてもう少し伝わるといいなぁと思います。

以前わたしはブログで「偏頭痛と性的指向のカミングアウトは似ている」ということを書きましたが、そういう感じで自分の知っている感覚に引き寄せて、「自分も程度やジャンルは違うけど、誤解されてつらかったり、説明が面倒くさくて適当にごまかすけどもやっとしたり、自分のくるしさを大したことないように思われてつらい気持ちになることってあるよなぁ」と感じてもらえたらいいなと思いました。(もちろん「全然違うよ!」っていう感じ方や解釈をされる場合もあると思うのでそこの差は埋めて行かねばなりませんが…)

LGBTであることを他人ごとにせずに自分や身近な人のこととして感じてもらえたら、いろんなことが変わりそうな気がするんですけどね…。

 

 

まとめ

LGBT勉強会なるものに参加してみて、心の中までは見えませんが、すくなくとも表面的には、理解しよう、支援しようと思ってくれている非当事者の専門職の方々もたくさんいるんだな、当事者の話をきちんと聞く場って必要とされているんだなと思いました。

そして、「この中にはいない」と思って話している方々の中で、「わたしは当事者です」と言ったらどんな反応が返ってくるかなと想像したりもしました。わたしが関わらざるを得ない、いち社員として、普通に働いて普通に暮らして、でも、困ったことや不安もたくさん抱えていることを知ってもらったら、どんな風にみなさん感じるんだろう…。リスクが高いように思うので全員に向けたカミングアウトは今のところする予定はありませんが、もしそうしてみたら、みなさんの捉え方や行動がどう変わるかなということを感じてみたい気もしています。なので、すくなくとも今回講師をやられた方とは個人的に少し話してみようかなと思っています。

 

まとまりませんが、以上です。

 

ではまた!

 

 

ライフワークとしての書くこと

ずっと「書くこと」の置き場がよくわからなくってモヤモヤしていたのですけれど昨日「ライフワーク」という言葉が天から降ってきたようにふわっと頭の中に入ってきて、そうか、こういうことなのかも、と思いました。もちろん、変わるときが来るのかもという前提で。

 

ここ一年と少しブログをやってきて、うまいかどうかは別として、文章を書くということがかなり好きで、向上心を持てるということがわかりました。疲れちゃって離れたくなる時ももちろんありますけれど長くても二週間もするとまた自然と書きたくなります。

 

そもそも昔から「書く」ということにずっと親しんできたことは昔別のブログでも書いた気がします。小学生の頃の自主勉強ノートからはじまり、中学生の頃に初めて教科書の小説の続きを書いて入選して、その後ヲタ生活の中で二次創作をすることを覚え、オリジナルで小説を書くことに憧れて文芸部に入って。ブログは何回も作っては閉じ作っては閉じしていました。続かなくて(笑)そして、身近な人に見せるだけでしたけど、ぽつりぽつりと文芸部でやっていたように文章を書き続けていて。内省的な人間なのでノートに考えたことや悩みをつらつら書きつけたりもよくしていました。

 

あまり人には見せずに匿名か自分と周りの数人に対してひっそりそういうことをやってきて、それだけなのに、何故か会社で「文章がうまい」と目される人に文章を書く仕事が回ると嫉妬したりして。ブログやツイッターで「自分は文章で食っていきたい」と率直に表明できる方に羨望の気持ちを抱いたりもしました。

 

でも、ここ一年「書くこと」にちゃんと向き合ってきて、定期的に書けばそりゃ多少はうまくなるし、まだ下手の横好き程度でしかないけれどうまくなりたいっていう気持ちも出てきて、「趣味」というにはあまりに自分の中の想いがありすぎるということをようやく自分で認められるようになりました。でも、「仕事にしたい」って言えるほどに現実が見えてないわけではなくって。(だってブロガーさん界隈でも、たくさん読んでいると「この人はすぐ本出せるだろうな」みたいな人はよくわかる…)

 

でも、「ライフワーク」という言葉はしっくりきたんですよねえ。「ライスワーク」として文章でお金を稼げることや、仕事の場面で文章がうまい人と目されて常に頼まれるとか、そういうことがあればそりゃあ嬉しいし、そういうポジションを目指すことはありかもしれないけれど、そういうのがなくたって、わたしは文章を書くことは多分やめられないし、続けていきたい気持ちがあります。だから「ライフワーク」。

 

もしもこのブログをやめる日が来ても、きっと別の書く媒体を見つけてなにかを書いたり、個人的にノートや日記やポメラで文章を書くことは、きっとやめられないんだろうなぁ。

そして、想いがありすぎるからこそ「もうわたしは書くことをやめてしまいたい」「やめよう」と思うことは昔から時々あるけれど、やめてしまわずに向き合って生きていくほうが、なんとなく、前を向いている感じがして、自分で自分を認めながら生きやすい気がします。

 

ではまた!

やっと心から休めた日(マインドフルネスもどき)

お久しぶりです。

10日間、つまり、月の3分の1もブログを書かなかったのなんて、久しぶりです。実際には死ぬほど忙しかったというわけでもないのですが、心が忙しかったりうまく休めなかったりしました。

 

わたしは昔から「がんばる病」患者でした。

やたらと「がんばります」って言ってしまう。友人や先輩や、SNSで繋がりのある方々に「いやもうがんばってるから」とよく言われます。あとは大学生のころカウンセラーさんにも「がんばるってよく言うよね。がんばらなきゃいけないの?」と言われたりしました。ふと不安になって恋人に「ねえ私、がんばってる?」と聞いたこともあります。

がんばってる自分を認識できないのは、いつも他の誰かや自分の中にある理想の自分と比べてしまっているからかなと思います。でも、どんなに人に言われても、自分だとがんばる病罹患中は気づかないんですよね。

いろんな人に助言をいただいて、その間は「でもあれもこれもやらなきゃ」と思ってまだがんばり続けて、最低限のことしかできなくなるまでがんばってしまいます。それで、エネルギーが切れて、会社に行って帰ってくるのがやっとの状態でしばらく「あれもこれもやらなきゃなのにできてない…!まずい…!」という焦りの期間があって、やっと諦めて休めるというか。

コンスタントに成果を上げ続けるには、もう、助言をいただいた段階ですぐに休めるようになりたいんですけどね…。本当は…。アドバイスをいただく方にも申し訳ない…。

 

そんな中で昨日は一つ発見があって、夜は勉強もブログも小説も仕事関係の考え事もしない!と決意して、好きな音楽を聴きながらゆっくり洗濯物をたたむ時間をとったんです。それだけですごく心がスッキリして、びっくりしてしまいました。あ、もしかしたら久しぶりに行ったマッサージで心と体がほぐされた上での、このゆっくりする時間だったからよかったのかもしれませんが。

 

ちなみに聞いていたのは米津玄師さんの一番最初のアルバムでした。この次のアルバムを聞いて、ちょっと違うかなと思ってから新しいのは聞いてないのですが、これは大好き。物語世界や感情に浸るような気持ちで聴き入ってしまいます。

diorama

diorama

 

 

ここ数年、マインドフルネスが流行っていますけれど、マインドフルネスの基本的な考えである「今、ここ、に集中する」ということと、音楽を聴きながら洗濯物をたたむことって似ているなぁなんて思いました。過去や未来を気にすることは心を疲れさせるらしいのですが、音楽に浸りながら洗濯物たたんでると、正直なんにも考えられないです!音楽がないといろいろ考えてしまうし、テレビを見ながらとかだとまた違う情報がたくさん入ってきて疲れてしまうので、音楽を聴きながら(それもよく聴き慣れていて聴き流せるものをチョイス)というところはポイントだなと思いました。

 

マインドフルネス実践系の本は途中で飽きてしまって最後まで読めたためしがないのですが(笑)最近疲れるなぁとか、心配事が頭から離れなくて困る!っていう方はぜひ一度、マインドフルネス、試してみてください。本もたくさんあるし、多分ネットで記事検索してもたくさん出てくると思います。最近は個人向けのセミナーも探すと結構開催されているので取り組みやすいと思いますよー。わたしの周りでやってみた人にはとっても好評です。

世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる

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「今、ここ」に意識を集中する練習 心を強く、やわらかくする「マインドフルネス」入門

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一番下のGoogleの本は後で買って読もう。うん。そしてわたしも一度マインドフルネスをガッツリ体験してみたい…。

 

ではまた

 

 

カレカノ、恋人、パートナー

最近言葉の使い方に迷う時があります。

それは恋人のことを話したり書いたりするときです。

わたしの性自認は女で、同じく性自認が女である人とお付き合いをしています。同棲も三年していて、もし結婚制度があったらとうの昔に結婚しているだろうと思います。

わたしはその人のことをブログやツイッターで「彼女」と呼びます。ほんとは、「パートナー」のほうが関係性としては近いんですよね。でも、言い慣れないこともありつつ、使い方によっては「ちょっと違うかも」ってなることもあり、あんまり使わないんですよね。じゃあほかの呼び方は?って模索してみたんですが、「奥さん」「うちの嫁」「妻」のどれもしっくりこなかったり彼女が嫌がったりするので、結局「彼女」と呼んだりします。

 

そうやって呼び方を模索する中で、なんだかんだ、世の中の大多数はやっぱり異性愛者で、ことばも異性愛者向きにできているんだなぁと思ったり、じぶんや相手が女であるか、男であるか、っていうことをしゃべる時に無意識に入れているんだなぁということを自覚させられたりします。つまり、「恋人」や「パートナー」は男女関係ない言葉だけれど「彼女」はたいていの場合「体も心も女だと思っている恋人」のことを指すし「彼氏」は「体も心も男だと思っている恋人」のことを指していて、それを無意識に、便利に、使ってしまうよなぁ、ということ。

本当はきっと、「わたしとその人が恋人関係であるという事実」だけが伝えるべき重要なことで、その恋人が男であるのか女であるのかはエッセンスでしかないはずなんですけどね。わたし自身「わたしの恋人が女であること」を「彼女」ということで表現せざるをえないのは、社会の問題でもあるし、わたしの中に根強くあるジェンダーやセクシュアリティに対する固定観念がそうさせるんだろうなと思います。

 

そして、じぶんが話すときのことではなく、相手が話しているときのことを考えると、わたしは恋人のことを「彼氏さんは〜」と無頓着に言われた場合に、モヤモヤします。カミングアウトしてない人が、せめて恋人さんは〜とか、パートナーの方は〜とか言ってくれたら少しは気が楽だろうなぁと思う。

だから、わたし自身が「うちの彼女は〜」って恋人の性別を規定する言葉を積極的に使うのは、どうなんだろうってもやもやします。カミングアウトしてない人には「今お付き合いしてるひとは〜」って言ったりもしますけどね。カミングアウトしてる人や場に対して、「彼女」ってどうしても言っちゃいます。

やっぱり世間的に「恋人」といったら異性のことを指しますから、「彼女」と言わないと同性と付き合っていることがパッと伝わらないし、わたしにとっては「女性と」付き合っているということはわりと重要なので「彼女」と言うのが都合が良いんですよね。(こういうことを言っていいながら、やっぱりわたしはパンセクというよりバイだなと思いました)

 

…う〜ん、でもなぁ〜。ひとに使ってほしくないと思うこともある言葉をじぶんが積極的に使うのはちょっとなぁ〜。(今日はうだうだしたブログですみません…)

 

ここまで書いてきて、やっぱりもやっとしました。いつまでたっても「彼氏さんは〜」って言われて曖昧に笑う時のモヤモヤから逃れられないのは、わたし自身の言葉の使い方がそういう環境を維持する一端につながっているんじゃないかと疑う気持ちもあったり。まあ大多数が異性愛の社会の中で女が「彼女」と言うことの違和感を突きつけつづけることの有効性も、あるとは思うんですけどね。もしXジェンダーの恋人を持つ方が「彼氏」「彼女」って物言いを聞いたらやっぱりもやっとするんだろうなあと想像できるので、やっぱりあんまり「彼氏」「彼女」は使わない方がいいのかな。

 

わたしの基本スタンスは「なるべくいろんな人のいろんな人生を尊重する」ことです。なので自分が意図的に恋人が女であることを示したいときは「彼女」って使ってもいいけれど、特に意図がないときと、人の話をするときは「パートナー」か「恋人さん」となるべくいうようにしようかなぁと思います。

 

とはいえ、「彼女」っていう言葉の気軽さはやっぱり捨て難いので、ツイッターとかでは言ってしまうかもしれないです。そのときはご容赦ください。「恋人」や「パートナー」ということを表すもっと気楽な言葉があるといいのになぁ〜。

 

刀ミュとひなフェス

なんだか気持ちが安定しない日々です。お天気も安定しないからかな。早く桜、咲いたらいいのにな。

 

ところで刀ミュとひなフェスに行って参りましたよ。かっこいい男子の祭りとかわいすぎる女子の祭り。どちらも楽しかったです!

 

あんまりがっつり感想でなくて恐縮ですが、以下、感想文です。

 

刀ミュ

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噂の刀ミュ。大変話題の舞台なので、一度は見たいと思っていました。
「とうらぶのアイドルパロ」と評される舞台ですが、まさにそんな感じ。普通の演劇パートもありつつ、刀剣男子がアイドルっぽい曲で歌い踊り、ファンサまでしてくれるという…。こういう感じが流行るのかー、確かに観劇初心者にはとっつきやすいかもなーという印象でした。

太田基裕さん目当てで見に行ったのですが、もっくん、最高によかった。
ジャージーボーイズ、スカーレットピンパーネル、手紙と本格ミュージカル系の舞台が昨年から続いていましたが、見るたびに歌がうまくなっていくもっくんは、今回も期待を裏切らず、空気を震わせまくる堂々たる歌唱で魅せてくれました。
見た目も最高。ピンクの長髪のカツラがすごく似合ってましたね。なんだか常にユラユラして妖しい動きだし、ちらちらと太ももを見せつけてくるし、最後のライブでは衣装替えの結果、あの綺麗なおなか出すし、どきどきして常に目で追っちゃう感じでした。好きだなあ…。
『もっくんはなんかキラキラしてる』説をずっと唱えてきたわたしですが、今回の舞台では、「あれっ、相変わらずキラキラしてるけどちょっと色が変わってきた…?」っていう感じがしました。うまくいえませんけど。存在感はあるんだけれど自然に周りのキャストさんたちに溶け込んでいる感じというか…。抑えめなんだけどじっと見ていると内側からにじみ出てくるようなキラキラ感というか…。まあ、役柄のせいもあるかもしれませんけどね。
もっくん以外だと、おおくりからさんがよかったです。いけめんで踊れて、歌もうまく、役のなりきり度も高くてライブパートでもそんなに役を崩さないなんて完璧すぎやしませんか。わたしが見に行った回ではライブの時、目の前を二回も横切ってくれて、きゃーきゃーしてしまいました。素敵だった。チャラチャラした村正がおおくりからさんのこと構いたくてしょうがなくって、でも、おおくりからさんは全然興味ない感じもとっても萌えました。あの二人の組み合わせ好きだー。

ちなみにうちの彼女の推しはもっくんで、わたしの行っていない回にも友達と行っていたのですが、「村正大好き」といううちわを作って持って行って、ファンサしてもらったそうです。よかったね。

個人的にストーリーは少し物足りなさを感じました。普段キッツイ設定の舞台に慣らされてしまってるせいかしら(笑)まあ、これはこれでアリかなーという感じです。

 

 

ひなフェス

隣の「里山里海へ行こう2017」も楽しそうだったのですが、そちらは見られずにライブのみ参加。アンジュルムプレミアムの回に行ってみました。
ひなフェス自体が実は初参加でした。昨年のひなフェスの映像を見て、行ってみたいなあと思ったのがきっかけでチケットを取りました。ハロープロジェクトのメインどころのグループはみんな参加するこのコンサート。最近モーニング娘。以外にも気になるグループが増えていたのでとても楽しめました。
あと、ひなフェスって会場内をぐるっと回るようなステージになってて楽しいですね。三百六十度いろんな方向から可愛い女の子たちが楽しめて、どの席にいても近くで見られるあの感じ。すごくよかったです。

 

つばきファクトリー

つばき最近気になっていろいろ調べたりしていたのですが、いいですね!やっぱり!粒ぞろいな感じが!!将来性を感じます。谷本さんが好きかも~となりました。肩までで切りそろえた髪もいいし、なんだかアンニュイな感じが歩き方や目線の動かし方ににじみ出ていて。動きもいちいち綺麗。好きになってしまう。あとはゆめのちゃんの歌唱力の確かさとか、ききちゃんのアイドル力の高さとかにも圧倒されました。またつばきを見にいきたいなあ。

 

こぶしファクトリー

忍者の衣装が思った以上に可愛くてうちのめされました。安定の歌唱力。安定のパフォーマンス。浜浦さんのアイドル力すごいなーと思いました。ついつい見てしまいます。あと、れいれいが細くてめちゃめちゃかわいかったです。れいれいのスタイルの良さを引き立てる衣装でしたねー。

 

℃-ute

初めて生で℃-uteのパフォーマンスを見ました。℃-uteってすごい。貫禄を感じました。
なんだかすごい圧なんですもん。他のグループとは違って新曲の、黒一色の衣装でしたが、まあ映える映える。そしてグループ内で最もキレッキレで最もエロかっこよく踊って歌っていた愛理ちゃんがMCになるとふわふわし出すのが可愛くてしかなかった。愛理ちゃん可愛いよ愛理ちゃん。もともとベリーズがいたころ、りさこと二人グループで曲を出したりもしていたので愛理ちゃんはもともと好感をもっていましたが、もっともっと好きになってしまいました。℃-uteが解散しても音楽活動は続けてほしいな…。あんなに歌もダンスもうまいんだもの。もったいないもったいない。

 

カントリーガールズ

わたしの座っていた席のあたりはカンガルのメンバーが間近で見られることが多くってほくほくしました。みんなとてもかわいい。かわいすぎてちょっと記憶飛んでる(笑)新曲の2曲が聴けてよかったです。山木ちゃんの「赤き夕映えよ」がかっこよすぎました。あと、会場のみんなで「ピーナ~ッツ、バータ~、ジェーリ~、ラ~ブ!」の振りをやるの楽しかったし、会場内でピーナッツがいっぱい揺れてる光景がなんか可愛かったです。
カンガルタイムは、かつてベリヲタだった身としては、キンブレは当然ピンク。「ごめんね、小関ちゃんのこと、大好きだけどももこが卒業するまではピンクにせざるを得ない…!」という気持ちでずっとピンクにしておりました。
MCのとき、コールアンドレスポンス始まって、声が小さくてふなっきに関西弁で怒られたりするの楽しかった-。

 

Juice=Juice

新曲の地団駄ダンスのテイストが斬新すぎてびっくりしました…。でもあれ、ライブで楽しい曲ですね、ぜったい。

かりんちゃんのダンスを後ろから見るようなタイミングがあったのですが、かりんちゃんの腰の可動域の広さにびっくりしました。かりんちゃん動きがほんっとキレキレでかっこよかったー。ジュースでいうならわたしはかなともさんが好きなのですが、かなともさんは相変わらず歌のお姉さん感あふるる出で立ちとお声できゅんとしました。

 

モーニング娘。’17

新曲二曲はいわずもがな。アンジュルムの曲、「恋ならとっくに始まってる」も圧巻のパフォーマンスでした。あの曲のサビ絶対難しいと思うんですが、まーちゃんが高音のところ、ぜんっぜんブレなくてすごく綺麗な歌声でした。やっぱり娘。にはまーちゃんが必要です。おかえり、まーちゃん。

そういえばブランニューモーニング初めて生で見ましたけれど本当に移動が難しそう。PVやこれまでのイベント、撮影などなどに参加していないまーちゃんに笑顔が全く見られなかったのも納得です。他のメンバーと練習期間が全く違う中で、大変だったんじゃないかなぁ。
途中、わたしの席の前の通路にまりあちゃんとふくちゃんとおださくが来てくれたのはうれしかったですね!めっちゃかわいかったー。ふくちゃんの輝き感はとんでもなかったです。ふくちゃんはライブで最も輝く女だと思ってますけれど、今回も素晴らしかったです。

 

アンジュルム

かっさーが加入してから初めてアンジュルムを見たのですが、かっさー、ダンスが目を引く子ですね!長い手脚を振り回してダイナミックに踊るのでついつい見てしまいました。好きになりそう。そしてかみこの美少女さはとんでもないなと思いました。顔小さすぎか。

あと、わたしのいた席のほうは、よくかななんが通ったのですが、かななんはほんとすぐふざけるなーかわいいなーと思いました。覚えてるのでは、かななんとたけちゃんが、後ろの方にいる勝田さんを振り返って綱で引き寄せるみたいにぐいぐい引っ張ってるフリしたりしてました。もーすぐふざける!かわいい!
楽曲では、愛のため今日まで進化してきた人間のロボットみたいなフリが楽しいなー好きだなーと思いました。後半の怒濤の盛り上がり曲の連鎖もすごかったですね。アンジュルムの勢いを感じました。

 

シャッフルユニット

℃-uteの愛理様とつばきファクトリーの秋山さんの「ガラスのパンプス」が最高すぎました。「ガラスのパンプス」ってもともと結構えっちい感じの曲調じゃないですか。それを黒のパンツのシュッとした、ちょっと肌出した衣装でやるのはずるい。好きに決まってるよ…!
愛理様はサキュバスなの?っていうくらい動きも目線も歌声も、すべてがエロかっこよすぎました。もう大好き。愛理様。フェロモン過剰な愛理様と、キレキレダンスでスポーティな感じの秋山ちゃんとの対比がまたよくって。最高の組み合わせと曲でした。
もうひとつのシャッフルユニットの方はブタ耳つけてて可愛かったけど愛理様の衝撃が強すぎてあんまり覚えていないのが残念です。でも楽しかったです。
シャッフルユニットの次のMCでアンジュルムの室田さんも愛理様にめろめろになってて、「わかるー」と思いました。鈴木さんとシャッフルユニット組んだら名前なんにしようかなーって興奮気味に話していましたが、ほんとに実現したらやばいですね。室田さんもダンスも歌もパーフェクトだし、表現力もあるのでめっちゃえっちな感じになってしまう。たまらん。大興奮です。ぜひやってほしい。

 

ひなフェス初参加まとめですが、普段見られないグループも含めて可愛い子たちがいーっぱい見られて、すっごく楽しかったです!
でも、『やっぱりモーニング娘。が好き』とも思いました。
どのグループも個性があって、それぞれに可愛いしかっこいいんですけれど、娘。が出てきた時の胸の高鳴りと、待ち望んでしまう感じはやっぱり他のグループにはなかったです。曲調とバリバリ踊ってくれる感じと、精鋭感がツボなんですよねー。

 

そういえばひなフェスで「アイドル生合戦」が発表になりましたね!どうやらネットでのファン参加型のイベントのようなのですが、ハロプロでいままで、こういうイベントなかったですよねー。まだ遊び方がよくわかってないのですが、早速登録しました。わたしは赤モーニング娘。軍です。

新聞仕立てのチラシがひなフェス入り口で配られていてもらったんですが、ほんとビジュアルがかわいい…!しかもアンジュルムと娘。とか私得な組み合わせ。新宿にもほぼ等身大広告があるらしいので、行ってみたいですー。

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祭りを終えて

二つの祭りを終えて、楽しかったけどめちゃくちゃ疲れました…。どちらの現場もファンの熱量がすごく高いなーと思いました。全身でワクワク感が出ている方々がたくさんという印象です。祭り感溢れる二現場でしたが、ファンのみなさんも踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン、っていうのノリなのかなと。

ハロヲタながら歴も浅く、ぬるいヲタなわたしは隣の席の女の子がどのグループのフリも完璧なのを見て、ちょっと羨ましく感じていました。コンサート行くたび思うのですが、もうちょっとフリ覚えたいです。体が勝手に動くレベルで覚えられたらきっと楽しいだろうなー。

そういえばモーニング娘。の秋ツアーのDVDが明日届くそうです。フリを覚えながら見ようと思います。

モーニング娘。'16 コンサートツアー秋 ~MY VISION~ [Blu-ray]

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内省の度が過ぎたので頭を空っぽにしたい

ここしばらく内省的な気分で、落ち込んだり、深く考え込んだりしていたせいで、なんだか「あー!バカなことしたい!身体動かしたい!」という気持ちです。全力でお掃除したあとに「あーお腹すいた!ご飯まだかな!」ってなるのと同じような感じ方。

きっと人間の脳とか体って、うまいことバランス取るようにできているんでしょう。シグナルを感じ取れたなら、とにかくやるべし。

 

とはいえ「バカなこと」するのが苦手な性格なので走るとかカラオケで歌うとかしようと思っています。

ちょうど彼女の資格試験が終わったのですが、二人して勉強しながらバクバクと甘いものを食べてしまったので、ランニングでもして体重をなんとかしようと話していたところなんです。

お互い形から入るタイプなので、ちょっとカッコいいランニングウェアを買いました。ネット注文なので届くのが楽しみです。

 

ちなみに昨年ウォーキングをしようと思って春から夏にかけてやっていたのですが、その時に買ったのがこの本。

金哲彦のウォーキング&スローラン―みるみるカラダが変わる4ステップ

金哲彦のウォーキング&スローラン―みるみるカラダが変わる4ステップ

 

結構丁寧に、日常に取り入れやすいストレッチや筋トレの方法がたくさん書かれていて、読んでいてとても楽しいです。読み返しつつストレッチをし始めました。

勉強してブログ書いて小説つくってゲームして考え事して読書して、っていうふうに最近室内で下を向いてやることばっかりが多かったので、肩と首と背中がもうガッチガチです。伸ばすとすぐバキバキ言います。体を伸ばしながら、柔らかくしなやかな体を保ちたいなぁと思いました。心と体は繋がってると言いますしね。

わたしは鍼治療やマッサージに行くと緊張が高い、体がガチガチと言われてしまいます。本当に心のありようがよく出ていますよねぇ。怖いものが多いし、あれもしなきゃこれもしなきゃ、もっと頑張らなきゃって気を張っていることが多いから。もう少し、心も体も緩めていきたいものです。

 

ところで、こっそり小説置き場を作りました。友人との共同制作物を置くつもりで作ったのですがそちらはまだできてないことと、使いやすいサービスを比較検討中であることもあって、まだ本格始動前です。URL貼っておきますね。暇つぶしくらいにはなるといいなと思ってます。よかったらどうぞ。本格始動したらまたちゃんとした記事にします。

 

不思議系百合小説がメインです。たまにBLも作ろうかなと思ってますが今は置いていません。

 

noteはこちら。

 

エブリスタはこちら。

http://estar.jp/_crea_u?c=U2FsdGVkX18xXOTc5MDkyNpvCkmfbZwENPv5xXyaHxXSsQ1

連載物はこちらでやってこうと思います。

(ハンドルネームが厨二病なのはスルーしてください…ちょっと事情があって…わたしもどうかと思ってるんですけどね…笑)

 

ではまた!

 

 

 

 

傷つく気持ちを超えて、つながること

おとといのブログには想像以上の反応をいただきました。
その中に、いつも仲良くさせていただいている「熱帯夜」のmiraさんのブログがありました。

 

この記事のこと、昨日から考えていて全然まとまらないんですが、考えたことをつらつらと書いてみます。

 

純粋な気持ち

彼女のブログの中では「両親の普通と自分の普通が違うこと」「母にカミングアウトをしたけれど本当の意味では理解されていないということ」が書かれていました。印象に残ったのは、彼女がそれでも「繋がろう」としていたこと。両親の生きてきた道筋を理解して、「私とあなたは違う」ということをきちんと保った上で、それでも「わたしの幸せを見せることが一番の説明」と語り、繋がり続けようとしていたのです。

なんだか恥ずかしくなりました。そして、えらいなあ、と思いました。miraさんと日頃会話したりブログを読んだりしていて感じることですが、びっくりするほど純粋で真っ直ぐな方なのです。ほんとうに尊敬しています。

 

わたしは弱いからこそ人間関係を切ろうとしてしまう

恥ずかしく思った理由は、わたしが父の発言に対して懇切丁寧に反論していたことの裏側に、まだまだ、傷ついた弱い心を見つけてしまったから。

「理解してもらえないなら家族だって縁を切る」とわたしは自分で書いたけれど、それは、自分が傷つくのがいやだから。自分を守りたいから。べつに悪いことじゃないと思うんですけどね。そしてそう言えるようになるのも、簡単なことではなかった。それはわたしなりの覚悟です。健康的に、こころも体も壊すことなく、自分の人生を生きていくためには必要なことです。

でも、本当にそれだけで、後悔しないか?
傷ついた心は、未だに言ってるんじゃないか?
「ほんとうは家族を捨てたくなんかない」って。
だから、「いっそわたしか、家族か、どちらかが死んでしまったら楽なのに」なんて思うことがあるんじゃないか?

 

根本のところ

根本のところで、わたしは両親に条件付きでしか愛されないっていう気持ちがあって。
自分の都合のいいように利用されているっていう気持ちもあって。
そんなことを言ったら母は泣きわめくと思いますし父も怒ると思います。
必死に否定すると思います。
でもきっとこうも言うと思うんです。
「そんなこと言われるならこんなにやってやるんじゃなかった!ああ、馬鹿をみた!」って。
心のどこかにそういうつめたい不信があって消えないんです。

 

だから、わたしはいつまでたってもカミングアウトができません。
彼女らにとって「普通じゃない」わたしを否定されることが怖くて。
条件付きじゃないと愛されないっていうことを目の当たりにすることが怖くて。

 

大学生のころ、「家族は仲がよくなくちゃいけない」というのは幻想だと言うことを信田さよ子さんの「脱常識の家族づくり」を読んで、長い時間をかけて納得し、こういう気持ちを乗り越えてきました。「愛にあふれた家族じゃなくてもいい」「すきま風家族でもいい」と思えば少しは楽になりました。家族だって他人だから、適度に付き合っていけばいいんだと。でも、それは「やっと少し生きやすくなった」だけで、まだ傷つき続けているんだろうと思います。だから、彼らのことを「無知だ」「人のことを簡単に否定する、考え方の狭い人だ」ってどこかで見下すことで、まだまだ傷つき続けている自分のこころを守っていました。

脱常識の家族づくり (中公新書ラクレ)

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ひとそれぞれの戦略

誰だってそう。理解されたいけれど理解されないという葛藤の中で、今日も血を流す心を抱えながら生きていく。

わたしの戦略は、自分の生き方を自分でなんとかかんとか肯定して、それを否定するひとに対して違和感を突きつける、主張するやり方でした。わたしは、自分のことをわかろうともせずに「意味なんかない」って決めつけるようなことを言う人に対して「それは違う」って主張し続けます。それはそれで、必要なことだと思うから。

でも、それで自分を否定されたように思う人がいるかもしれません。今回、違うやり方もあるのかって気付かされました。一歩踏み出して、ことさらに主張はしなくても、自分の人生を幸せに生きて、ひとと繋がろうとすることが出来る人もいる。そういう人を、わたしは尊く思います。

同じくブログを引用してくださった、大好きなブロガーさん、まなつさんはこうおっしゃっていました。

人の幸せだったり価値観を貶めたがる人・いわゆる「マウンティング」をしたがる人って自分の価値観だったり幸せに自信が持てないのかな。と最近思いました。
何言っても不安にさせたがったり、未来がないような物言いをしてくる人。
昔はそういう人に会うとすごく悲しくなってしばらく人に会いたくない…って思ってたけど、今は、そういう人こそ「自分」を見つけられるといいね、って心の中で思っている。
この人の自分、どこに行っちゃったのかな?って。

この、目線のやさしさ。まなつさんの意見とわたしの意見は似ているけれど、わたしはまだこの境地にも達せていません。怒りやかなしさに囚われて、その話ばかりしてしまいます。まだまだ、目線が自分にばかり向いています。

ちなみに、わたしのパートナーにこの話をしたら「わたしは、家族に対して『どうせわたしのこと好きでしょ』って思ってるから、もし関係がバレてなにか言われてもわたしはやりたいようにやる」と言っていました。つ、つよい。でも彼女の家庭事情を聞くと、たしかにそれが最適なやり方かも、とも思います。

わたしは、無理をして自ら傷つくことより、まずは自分のこころを守って、幸せになることが先決という気持ちを持っていて、それは変わりませんが、いつか、目線を「自分」だけじゃなく「人」にも向けて繋がるための言葉を持てたら…。そう思います。今はまだどうやって、っていうことは見えませんが、きっかけをいただいたので、この気持ちは忘れずにいたいです。

 

『否定する人はその相手からも否定される』。わたしの好きな舞台でもそんな台詞がありましたから。

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ではまた! 

父の『同性同士で付き合ってどうなるんだよ』発言に思うこと

父の一言

ふと思い出したのですが、昔、ウォーターボーイズを見ながら父がこんなことを言っていました。
「男同士で付き合ってどうなるんだよ(笑)」と。
すっごくうろ覚えなんですけれど、確かゲイ役の子がいて、シンクロの振り付けの途中で好きな子に愛をアピールして抱きつくようなフリがあったんですよね。
それを見ながらそんなことを言っていました。
その当時もう自分が女子を好きになることがある自覚があった私は、「なあ?」と同意を求められても何も答えられませんでした。

 

改めて考えてみると…

ちゃんと考えてみる機会がなかったのですが、彼はどんな認識で、何を思ってそんなことを言ったのでしょうか。
おそらくは、ですが、異性愛でいうところの、『付き合って、結婚して、子供を産み育て、おばあちゃんおじいちゃんになって、大往生する』的なものを脳裏に描きながら言ったんじゃないかと思うんですよね。
で、それを前提として描いた上で、彼が言いたかったことを想像すると二つの方向性があって。

①「結婚も子供もできないのに同性同士で交際をする意味なんてあるのか。いや、ない」
②「(純粋な疑問として)同性同士で付き合っても先がないように見えるが同性同士で付き合うような人はその後の人生をどうしようと思っているのか」

ニュアンスとしては古文で言うところの「反語」的な使い方だったんですよね。「男同士で付き合ってどうなるんんだよ(いや、どうにもならない)」という。なので①に近い考え方なのかなと思います。

 

同性愛は結婚も子供を生むこともできないから意味がない?

①って、同性婚反対派の意見としてもよく聞く論理です。背後にはこんな固定観念が隠れているように思います。

  • 男女恋愛、男女結婚して子供を作るような人生が普通。
  • 結婚というゴールなしに付き合うことは意味がない。
  • 人は結婚し子供を産み育てることで世の中に貢献できる。社会的義務だ。

こういう価値観のもとに、父は、『同性同士で付き合ったって結婚できるわけでもなく、子供を作れるわけでもなく、「先がない」のだから、同性と付き合うなんて意味のないことをするより、普通に結婚できる相手を見つけた方が得策だ』ということを言いたかったのでしょう。

でも、この考え方に隠れているのは「同性愛者・両性愛者に対する無知」だと思うのです。
つまり、同性愛者・両性愛者はこんな風に感じている人が多いのではと思います。

  • そもそも異性に対して恋愛感情を感じない。無理矢理に異性を愛そうとしてみても苦痛でしかない。
  • 人生のパートナーとして異性を選ぶ気がない。選びたくない。
  • 同性となら結婚したいけど制度がないのでできない。
  • カップル+子供という形の家族を作りたくても身体的、制度的、社会的制約が多くてできない。

だから、「ふつうに異性と付き合った方がいいと思うよ」と言われたって無理なのです。
無理って言っても個人のわがままでしょ、程度にとらえられることもあると思うのですが、どの程度無理かと言ったら自殺を考えるくらい無理という人も多いと思います。
私は両性愛者なので男と付き合うこともできなくないですが、今とてもうまくいっていて大事にしている彼女のことを、早く別れて結婚相手見つけなよ、と言われたら泣き喚きますし、理解が得られないのであればその人とは親兄弟であっても縁を切ります。

男女の間であっても結婚したくもない人と結婚させられる悲劇って大昔からあって今は「好き合った人と結婚するのが一番」っていう価値観の人が多数になってきたはずなのに、同性間になると平気で「やめなよ」って言えてしまうの、なんなんですかねー。

 

そしてもう一つ、「多様な生き方への無知」も隠れていると思います。つまり、たとえばこんな感じのことが、わかってないのではと思います。

  • 結婚を前提に恋愛・交際をする人ばかりではない。
  • 結婚しない人生を選択する人もいるし、離婚する人もいる。
  • 子供を生めない人、生まない選択をする人もいる。
  • 結婚、出産、育児以外の生き方に意味を見いだす人もいる。(趣味・仕事など)
  • そして、それぞれにみんな幸せに生きている。逆にいうとどの生き方を選んでも幸せになる保証はない。

たぶん個々人のケースで見ていったら普通に理解できることだと思うんです。でも、集団とか、自分のそばにいない人に対してだと、途端にこういうことが見えなくなってしまうんですよね。言ってる人自身も、自分の人生について『意味がない』なんて言われたくないと思うんですが。固定観念って怖いですね。

 

モデルの不在

また、②の意見の場合なのですけれど、同性愛者の幸せな人生像が見えてこない、もしくはノイズとして掻き消されてしまっている(異性愛で結婚して子供を生むような物語が至る所で賛美されそれ以外の生き方は取り上げられないか、悲劇として取り上げられる)というのが背景にあるのではと思います。

『実際同性愛者ってどんな風に人と出会って、恋して、付き合って、どんな風に生活して、人生を送るんだろう』っていうことがあまりにも見えてこないから、こういう発言につながる。

これは私たちにとっても考えさせられる問題です。同性愛者、両性愛者にとって将来の不安はつきものですし、人生を悲観して自分の性的指向を隠して生きていこうとしたり、悩んだり、自殺に至ったりということに繋がります。今は同性カップルさんたちの書籍がどんどん出てきているのはいい兆候ですけれど、まだまだ足りていないなと感じます。

 

そもそも恋愛って…

『男同士で付き合ってどうなるんだ(意味ないでしょ)』発言のそもそものところに戻りますが、そもそも恋愛って『意味のあるなし』で議論できるものなんでしょうか。誰か人を好きになるっていうことって感情の動きの話であって、論理じゃない。だから意味があるなしなんて関係なく恋に落ちるときは落ちると思うんですよね。それって異性愛でも同性愛でも同じことでは?と思います。

『交際する』っていうところだけ切り取るなら、恋愛感情なしに、意味や意義の世界だけで、結婚するために付き合うみたいなのがあるかもしれませんけれど…。

だから『男同士で付き合ってどうなるんだ』の答えは『好きな人と一緒にいられて幸せな生活を送れると思います』ということに尽きると思うんですよね。先になにもないように見えたって恋愛していいし、それのどこがわるいの?余計なお世話、っていう感じです。

恋愛、交際、結婚の三位一体の幻想って、これも一人一人の過去の恋愛や近しい人の恋愛、周りにサンプルケースがなければドラマや小説の中の恋愛を考えてみたら『幻想だ』ってわかるはずなのに、バラバラに考える人は少ないですよね。付き合ってる人がいる→そろそろ結婚とか考えてるんですか?って聞かれるのは正直めんどくさいので、このあたりの幻想もなんとかならんもんかなあと思います。

 

まとめ

父の意見をもとに話を進めてきましたが、要するに「恋愛感情を誰に抱くかや人生の意味的な話は個人によって違うもんなので自分の価値観で判断するのはやめてください」っていうことを言いたいです。そして無知って恐ろしいものだなということも感じます。だからもっとわたしたちのことを知ってほしいと思います。

でも、「知ってほしい」と思う反面、傷つくような質問の仕方をしないでほしいとも思います。知ってほしいけれど、誰に対してでもカミングアウトできるわけでもなかったりしますし…難しいところです。事実、私も両親に対してはカミングアウトできずにいます。
そうなると頼る先は、他力本願だと言われるかもしれませんが、「教育や研修」「政府の広報」「マスコミの報道や書籍」などになってきます。そういうもので少しでも理解の土壌が広がっていけば、カミングアウトして、さらに理解を促進していくって言うこともやりやすくなると思うんですよね。
なので微力ながら、こうやってSNSやブログで当事者としての発信をし続けたいし、いつかそういう「マス」で理解の土壌を作っていく仕事にも関わってみたいなと思います。

 

ではまた!

 

心が弱った時は「えにし」を聞こう

おん弥次喜多

昨年、一世を風靡した(?)おん・すてーじ真夜中の弥次さん喜多さんと、おんTV真夜中の弥次さん喜多さん。6月に新作舞台をやるということで、最速先行が始まっています。

今回は、キャストに加藤良輔さんや米原幸佑さんなど新たなメンツを迎えた新作。私も力が入っています。クリエさん制作舞台好きな人には垂涎のキャストですよね!ものすごく楽しみです!!チケットはとりあえず初日と最終日で抽選応募してみましたけれど、ダメだったらキャスト先行も行きますよ!!

 

心が弱った時に聞く「えにし」

ところでなぜか雨の日にはおんTV真夜中の弥次さん喜多さんの主題歌「えにし」が聴きたくなります。テレビシリーズが秋雨の時期にやっていたからでしょうか。 

(↑その頃のブログ)

 

上の記事でも少し書きましたが歌詞がすごく好きなんですよね。最近気持ちが弱っていたので聴きながら、「はぁ〜ほんと生きてて良かった〜。ゆっくりでいいからがんばろ〜。」ってじんわり思いました。

例えばこんな歌詞。

おいらとおめえが(おめえとおいらが)歩けばいつも何かが起こる
おめえとおいらが(おいらとおめえが)愛し合うほど何かが起こる
いいじゃねえか 今日も晴れてらあ
いいじゃねえか 花が咲いてらあ

あっけらかーんとした、無条件な、現状肯定。生きてるだけでオーケーっていう空気が漂ってて、弱ってる心が救われるような気持ちになります。とりあえず空でも見てポカーンとしてみようかなと思ったりしました。

こんなところも好き。

Anyway たまには曲がっていい

Anymore ちょいちょい振り返る

Anytime たまには嘘をつく

Say anything だってよぉ 心は演じれねえよ

最近曲がったり振り返ったりしていたので、ああ、みんなそういう時あるんだよなぁ、たまには凹んだっていいんだよなぁきっと、なんて思ったりもしました。

 歌詞引用:

えにし/弥次喜多ダンシング

えにし/弥次喜多ダンシング

 

 

ふじわらさんの歌声がすき

歌詞と曲の力はもちろんなのですが、それをふじわらさんが、あの柔らかい、いい声で歌ってくださるのがまたいい。歌声を聴くとほんと癒されます。ありがとうクリエさん。ミュージカル作品でもないのに弥次喜多でふじわらさんを歌わせてくれて。
えにしは主演の唐橋さんとふじわらさん、二人の曲ですが、ふじわらさんが柔らかい声なのに対して、唐橋さんは男っぽい硬い声でまたその二人の声が合わさるのがいいんですよねぇ。

そして、「子猫ちゃん、ワンちゃん、ちょっと知ってるオジサン」というくだりの子猫ちゃんの言い方とか、ふじわらさんが普通に歌うだけじゃなくって技巧を駆使してちょっと声音を変えてくるところもキューンとします。声優でもあるふじわらさんならではの歌い方です。

 

そんなわけで「えにし」を聞いたら「弥次喜多ダンシング 」も聴きたくなり、ついでにClub SLAZYのふじわらさんの持ち歌「Patient of Love」を聞いて、ふじわらさんの歌声に癒されまくった1日でした。ほんと、推しがいるから生きていけます。明日も生きる。

ではまた!

 

※真夜中の弥次さん喜多さん気になるけどまだチケット取ってないよ〜という方、弥次喜多の過去記事カテゴリ作ったので参考までに置いていきますね。良かったらどうぞ。

 

ちなみに藤原祐規さんカテゴリもひっそり作りました。

 

 

えにし/弥次喜多ダンシング

えにし/弥次喜多ダンシング

 

 



 

 

 

 

自分で自分を責める悪循環をやめる

元気出ない

最近元気が出ません。春が来そうでいて、なかなか寒い日が終わらないせいでしょうか。

どんなふうに元気出ないのかというと、好きなことへの関心が失われつつあります。好きな俳優さんのツイッターやブログをチェックしなくなりました。舞台DVDもたくさん積まれているのに、「見たい!」っていう気持ちが起こらなくて困っています。(今は彼女が試験前なのでもともとそんなに見られない環境でもあるんですが。)

かろうじてブログを書く元気が出てきたので、すこしは回復しつつあるんだろうなと思うんですが。最近好きな占い、「しいたけ占い」でも今週はゆっくりした方がいいと書かれていたので、すこし自分を甘やかしてダラダラした一週間を過ごしました。

 

 

一年前のわたし

ちょうど一年前のこの時期、二年と少し勤めた小さな会社を退職しました。その頃のことを思い起こさせられることが多くて、元気が出なくなっているような気もします。また自分を責めるモードに入ってしまっているなと。

一年前の私は、とても混乱していました。他の人から見たらそんなに大層なことでもないのに、上司からのプレッシャーにあっけなく追い詰められてしまって、「私はぽんこつだ」「だめな人間だ」「死にたい」って思うようになってしまっていました。そしてそれを思うだけじゃなくて衝動的に上司にも訴えて、でも、言った段階では辞める踏ん切りもついていませんでした。

辛いことも多かったけれど、本当にお世話になったし成長もさせてもらったから、何にも恩返しできずに辞めていくのが、悔しくて悔しくて、仕方ありませんでした。結局辞めることを決めても、送別会では、悔しさと悲しさでいっぱいになってしまって、最後の挨拶をしながら大泣きしてしまいました。

一方で、自分自身を責めるのと同時に、どこかでその会社の人のやりかたや価値観や考えを「おかしい」「やりすぎだ」「私の価値観とは全く違う」って思う気持ちもあって。会う人会う人に「パワハラっぽいことをされていた」とか「ブラック企業だ」って言ってしまうのを止められませんでした。(実際何人ものひとに「酷い」と言われたから本当に客観的に見たらパワハラだしブラックだったのだと思うけれど。)そういうことを言いながら、自分がそう言いたいのは、その会社で通用しなかった、頑張らなかったことを正当化したいだけの言い訳だって心のどこかで思っていたんです。

本当に、自分で自分のこころを傷つける、よくないループに入ってしまっていたなと思います。断ち切るには、逃げて、とりあえず考えないようにするしかなかったんですよね。

 

最近また自分を責めてしまう

最近は、前職のようには頑張れていないというところで、自分をだめだと思うことが増えてきています。

例えば、お客さんに対して電話するのが苦手でついついメールでコミュニケーションしてしまうとか、商談の前のアイスブレイクをサボっているとか。ニーズのヒアリングを真面目にやらなくなってしまったなとか。新聞を読んで情報収集するのもさぼりがちだなとか。

前の会社ではできていたけれど今はできていないことが目についてしまって、全力で仕事できてないなと思ってしまうんです。

周りもみんなそんなことやってないから、っていうのは単なる言い訳。甘えているだけ。そう思うんですけれど、そうやって自分を責めてエネルギーが枯渇した状態で、もともと苦手なことを頑張ろうとしてもなかなか難しくって。悪循環ですね。

ここ何日か、ずっと考えてきて、やっと、どこかで断ち切らなきゃなーという答えにたどり着きました。自分を責めることをやめるのが先か、なにか動いてみることが先か、どちらかわかりませんけれど、とにかく悪循環を断ち切らなきゃなーと思っています。

 

悪循環を断ち切るヒント

まず、今はゆっくりしてもいい時期だって思うようにすること。そうやって自分で自分を責めるのをまず、やめること。傷つけられた心は倍の時間かけないと回復しないって、フォロワーさんに仰っていただいて、そう思うようにしてみたら、すこし楽になってきました。

他には、自分を責めるのをやめるために、前職で培ってきた能力や行動が、今本当に必要なのかを検証してみると、意外と過剰品質だったことがわかったりするかもなーとか。そのうちの一つでもやっぱりやった方がいいよねと思うことをやってみるのはどうかなと思ったりしました。でも、なんとなくの感覚では多分全部やった方がいいっていう結論になってまた落ち込みそうだから、ここはまだ触れないようにしています。

もう一つ、前職でお世話になった方が言っていたことをふと思い出していて。「コミュニケーションが苦手なのはわかった。だとしたらコミュニケーションは最低限で良い。圧倒的に専門性を磨いて専門性で顧客の役に立つ方向を考えたら」と。
そして、同じようなことですが、自分自身の過去のブログを読み返して、キャリアコンサルティングを受けた時に「魔法なんてない。地道に勉強したり人と会ったりして、前に進み続けるしかない」って感じたことも思い出しました。

専門性が、依ってたつものがあったら、自分のことをだめだと思う気持ちやコミュニケーションを怖がる気持ちが少しは減るんじゃないか。
「圧倒的に」という言葉に昔は怯えていましたが、すぐには無理でも、「少しの努力からはじめる」ことならできるんじゃないか。今すぐできるようにならなくたっていいんだから、積み重ねたらすこしは変わっていくだろう、と。そう思いました。 

せっかくノートが好きなのだから、今持っているノートに仕事で今わかっている知識を書き出してみて、弱いところの情報収集をしてみようかなー。そして、春は時間に余裕があるから、仕事系のセミナーを探して参加してみようかなー。

 

もうすこし元気出てきたら、すこしずつ動き始めてみようと思います。

ではまた!