七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

【読書】新しいミステリの形〜「その可能性は既に考えた」〜

久しぶりの小説読書。

最近ミステリより、ハードボイルドとかSFとかばっかりだったので、最近のミステリ業界事情がわからないのだけど、帯に大好きな恩田陸の推薦文があったので購入。曰く、「井上真偽の可能性はすでに本格の可能性と同義だ」。よくわかんないけど、なんかすごそう!

 

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

 

 

舞台はフーリンという女金貸しの中国人の事務所から始まる。足元に転がるのは拷問された人。もーこのへんからワクワクしちゃってたまらない私。美人!強欲な金貸し!そして拷問!映画みたい! 

最初から感じる多国籍感なのだけど、本作、この人以外にも中国暗黒社会の上海女やらヴァチカンの枢機卿やら、インバネスを着たおじさまやら、日本人小学生やら、ほんとに多国籍かつ多様なキャラ構成でなんとも楽しい。
でも、舞台は阿佐ヶ谷、謎解き中にアクロバティックな殺陣があるわけでもなく、ひたすらに謎を解く感じも、なんとなく地味。このバランス感が面白い。
 
そして舞台はフーリンが途方もない金額を途方もない使い道のために貸しているとある探偵、ウエオロ(漢字、出なかった…)のところへ。
この探偵、青髪に赤いコートという表紙の姿、しかも白皙の美貌。その上、探偵なのに「奇蹟の証明」に固執するという超変人。
美形で一癖ある探偵好きの女の子はたくさんいると思うのだけど、きっとお眼鏡に叶うと思います。
 
その二人が怒ったり怒られたりしているうちに、依頼人がやってくる。依頼人は宗教団体の集団自殺事件の生き残り。事件の時に亡くなった、自分が慕っていた年上の男の子の死の謎を解いてほしいという依頼をしてきたのだった。彼女が語ったのは、その男の子が首を切られてもまだ生きていて、自分を守ってくれたのでは…というとんでもない話。奇蹟を証明したいと偏執狂ばりに道を追求中のウエオロ探偵、大喜びですよ。
 
ストーリーの大筋は、首を切られても歩いていたと想像する以外にはどうやっても不可能な状況で死んでいた男の子の死について、ウエオロがあらゆる可能性を考えた膨大な報告書を作り、「これは奇蹟。何故ならあらゆる可能性を考えた上でそれを否定したので奇蹟としか言いようがない」と言い張るのに対して、いろんな人が推理対決を挑んでくる、というもの。
本文の言葉を借りて言えば、「バカトリック対決」。
刺客のように次々現れるウエオロやフーリンと因縁のある人々が、「この可能性は絶対考えてないだろ!」と思われる推理を展開して、「どやー!」と言ってくる。それを探偵が、一個一個丹念に否定していく。
 
これがねー、読んでる側としては「ナニコレ」状態なのよね。だって、推理とはいえ、挑んでくる本人たちもそれが真実だと思って語ってるわけじゃなくて、「この可能性は考えてるハズないわ!どやー!」なのよ!
 
特に私が好きなリーシーっていう中国のマフィアの女なのだけど、かつての相棒だったフーリンに暗黒社会に戻ってきて欲しいがために挑んでくるのよ!?完全に事件の解決とかしようと思ってないよね!?面白がってるよね!?って感じ。
 
ほんとに、ここは読んで楽しんでほしいけど、挑んでくる各人の推理は、絶対それ無理やろレベルのあり得ない推理も混じっている。その上いちいちそんな推理を聞いて依頼人の女の子が青ざめて倒れそうになったりする。あり得ない!
 
でも、それぞれの説がそれぞれ、動機も含めてそれなりに説得力あるから、ついついページを繰る手が止まらなくなるのよね〜。
 
ミステリ読者って、最初の方読んで、自説をあれやこれや考えてから最後の解決編読んだりするじゃない。そういう、いろんな人の推理が集まったSNS読んでるような感覚。でもそれを小説の中でやっちゃうから、出てくるキャラクターそれぞれの思惑やストーリーも相まってさらに面白い!
 
あとは、高校生やら大学生のころに受けた数学や論理学の授業を思い出した。相手の説の裏返しや論理的な整合性を考えに考えて、矛盾をついてく感じね。
 
最後の最後まで、知的興奮と、「この事件、ほんとに解決できるの!?まさかほんとに奇蹟が起こったの!?」っていう変なドキドキが止まらない。
 
ほんと、新しい!と感じたし、面白かった!!いい意味で、「なんだこれ!?」って小説!
 
ミステリ好きさんにも、キャラクター小説好きさんにもオススメできる一冊。
是非是非、お試しあれ!