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七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

アウトプットとインプット、そして考えることの大事さ

たった数日だけど1日2ブログ更新を続けてみて

 
今週のチャレンジ目標、1日2ブログ更新を続けてみて(結局昨日はほとんど外にいたから更新しなかったけど)、結構楽しかった。
ブログやツイッターで絡んでくださる人が増えて、知りたい情報を教えてくださったり、コメントしてくださったり…。ブログを書いてなかったら交流することもなかった人たちだと思うと、ものすごく嬉しい。

反面、「ネタ切れ」と「ブログ書きたくない気分問題」が目下の敵である。合計でも40記事くらいしか書いてないのに、貧弱すぎるだろ自分という残念な結果(笑)
 

なぜネタ切れに陥るのか?

ネタ切れに陥る理由なのだけど、インプットとアウトプットのバランス、そして「思考の体力」が原因のように思う。
ブログを書くためには、本やTwitterや、ほかのブログや、ニュース記事や、私の場合は舞台や映画など、何かをインプットして、それに触発されて「書きたいこと」が生まれるように思う。自然と、インプットが減るとアウトプットも減る。

「書きたいこと」が生まれるまでにも一つのハードルがある。
「インプットとアウトプットの間にあるもの」それは「考えること」だ。

いくら「インプット」しても「感じたものを思考まで深めずに流してしまう」ことが起こる。これは癖みたいなもので、慣れている人は情報に接したときに自然に思考できるのだと思う。
でも、私は思考することに関して、「めんどくさい」と感じたり「今は疲れてるからやめとこう」と思うことが多い。「思考の体力」ができていないのだ。
 
特に読書に関して、改めて、私はこれまで「消費型」の本の読み方をしてきたなあ、と反省しきりだ。
悩んだり困ったりしたとき、退屈なとき、その状態を解消するために本を読む。
だけど、そういう読み方をしていると、だんだん消費することとその快感が目的になっていく。それで何冊も似たような本を買いあさるようになる。

でも、これまで読み流していた本を「アウトプットする」「考える」つもりで改めて読むと、驚くほど前に進まない。

そういえば私が今まで一番「考えて」読んでいた時期は自分のセクシャリティに迷っていた時期だ。その時の読書は、たくさんは読めなかったけれど、一冊を時間をかけて読んで、そして今でも私の考えの基礎になっている。

「考える」のって、めんどくさいし、大変だし、自分の中に切実さがないとできない。でもちゃんと考えながら読むほどに、自分の血肉となるのだなあと思う。

ブログに限らず、読書会でも友人と話すでも、なんでもいいけど、アウトプットするつもりで読むことは、大事なことなのかもしれない。
 

ネタ切れなどない。あなたの中にネタは眠っている。


と、ここまで考えてふと気付いたのだけど、インプットって実は数限りなくあるわよね。人と会って喋るとか、買い物するとか、それだって立派なインプット。でも、それを生かせてない状態が「ネタ切れ」なんじゃないか。

私が最近体験して、ネタ切れ状態を脱した気になっているのは「散歩」だ。
じつに楽チンで安易な解決方法である。健康にもいい。

「あーあ、今日は何書こうかなー」状態で家でダラダラしていたが、それにも飽きて30分くらい散歩に出かけたのだ。
散歩をしている最中は、当たり前なのだけど歩くことしかできない。スマホ持ちながら歩くの、危ないし。

そうしていると、昨日読んだ本のこととか、途中で見かけた人だとかに触発されて、自然と脳が回り出す。それに、体を動かすと逆に脳を働かせたくなって、「ブログ書きてー」モードになる。
思わぬ収穫だった。

ブログ書きに行き詰まったり、考えなければならないことを考えるのにめんどくさくてダラダラしちゃう人におすすめである。

そんなわけで改めて自分にいい聞かせる。

ネタ切れなどない!ネタはあなたの中に眠っているだけだ!!
思考を目覚めさせる工夫をしよう!!思考を重ねればだんだん、思考の癖がついてくるはずだ!!