七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

【DVD感想】PRINCE KAGUYA〜かぐや姫はめっちゃべっぴんな男の娘〜(ネタバレあり)

PRINCE KAGUYA、見ました。ずっとみたかったけれどDVD売ってなくて見られなかった作品。貸してくださったるんさん、本当にありがとうございました!

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全体の感想としては、 レジェンドステージらしく、エンタメ色のつよいキラキラ派手派手「かぐや姫」。でも、「青と赤」という色の使い方や、カグヤの家族の在り方や、ジェンダーやセクシュアリティの表現のされ方(そもそも主人公のカグヤの性別は男で女と偽って生きている)とか、引っかかるところがちょこちょこあって、不穏な気持ちにさせられるというか、考えさせられるというか。何度か見返してしまいそうな作品でした。一回見た後、序盤だけ見返した今でもちょっとモヤモヤしています。

 

では、うまく伝えられるかわかりませんが、感想を。
ネタバレありですので、嫌な方はここからさきは見ずにお戻りください。

 

泣く子も黙る蒼井翔太イズム

蒼井翔太さんって、世界観を作れる人ですよね。プリンスカグヤを見てより一層その思いを強くしました。 彼が喋り、歩き、歌うだけでついついみんなが彼に注目してしまう。春風外伝で初めて彼のことを知りましたが、今回も、彼にしかできないと思わせるような存在感を放っていて、ソラというストーリーテラーの役のふっきーさんが冒頭に「泣く子も黙る蒼井翔太イズム」と紹介するそのセリフが、とてもしっくりきました。レジェンドステージの次の舞台「スマイルマーメイド」でも主演をされますが、彼を中心に据えてお芝居をつくりたくなってしまう気持ち、なんだかわかるなあ、という感じ。

彼が演じる、「かぐや姫」(=カグヤ)は、男だけど女として育てられるという設定。本当に女性にしか見えない身のこなしと声色でした。カグヤは、語尾に「♡」が見えるような感じのかわいい喋り方をするんですけど、それがぶりっこに見えない感じの清楚なたたずまい。しかもめちゃくちゃ歌える。「世にも美しい女性」であり次々に男に求婚され、途中からアイドル活動をし始めて国中の人々を癒す役割を担う、カグヤとしての説得力が抜群。蒼井翔太、すごすぎる。

 

ふじわらさんのソラ

そんなカグヤをおばあさんとおじいさんと、ともに見守る座敷童役の藤原祐規さん。ストーリーテラーとしての役回りもあるので、特に冒頭がすごいセリフ量ですが、安定して任せられるこの感じ、さすがふじわらさんと思いました。白塗りに青のアイシャドウ、紫の口紅、髪と眉毛が白いというなんだか珍しい感じの出で立ちで初見慣れなくてびっくりしてしまいました。座敷童役なので、わりとやんちゃな感じの喋り方に動き方で、これもまた珍しい感じです。(ストーリーテリング中のふじわらさんは、見慣れた感じで安心します。SLAZYのおジーズさんっぽい語り方)

ふざける時は全力でふざけるので、もうごろんっごろん舞台上を転げまわったり、帝のお膝に自分が見えないのをいいことに座っちゃったりするんですけど、切なさや悲しさを表現する場面は胸を打たれるような表情をする。このギャップがたまらないんですよね。

例えば、おばあさんがカグヤに、母親として子守唄を歌うシーンがあるのですが、最初背を向けて手を握り締めて置いてかれた子供みたいに立ち尽くしていて。その後、カグヤの手をおばあさんが優しく取るのに合わせて、自分も宙に手を伸ばして、手が離れてからもカグヤと同じように胸にその手を大切そうに当てる。カグヤに自分を重ねてるような仕草。でも、振り切るようにカグヤの後ろに座るんです。そのあと、安心しきった笑顔でお母さんのことを見つめるカグヤの後ろで、ソラはひっそりと、自分にはいない母を想うように宙を見つめるんです。切ない。このシーンを見て、ほんとにわたしは、ふじわらさんの繊細な演技が好きだなあと思いました。

それから、今回はお衣装がとても素敵です。青いフードつきのひらひら和風衣装。ふじわらさんは身のこなしと手つきがとても美しい人だなあと常々思っているのですが、ソラは大仰に腕を広げたりくるっと回ったり、飛び跳ねたりするので、それに合わせて裾が翻ってときめきます。そして手を挙げたときにあの美しい腕と手指が無防備にあらわになるのがもう手フェチにはたまらんのですわ。大好き。

 

しあわせな家族

ラブラブなおじいさんとおばあさんのもとに、舞い降りたカグヤ。そして座敷わらしのソラ。いい家族なんです、本当に。どのシーンでも、お互いがお互いを思い合っていることが伝わってきます。おばあさんが亡くなるシーンで、ソラが実はおじいさんとおばあさんの子供だったけれどすぐに死んでしまい、家族であった記憶を奪われて、座敷童になったことが明かされます。カグヤはカグヤで、おじいさんが竹の中から拾ってきた子。血のつながった家族ではないんですよね。それでも、互いを大切に大切にしているのを見て、家族って血縁じゃないなーと、きっと子供を作ることはないだろうわたしは、思いました。どんな形であっても、家族がこんな風に思い合えたらいいのに。

でも、ソラも含めた四人が家族として過ごせた時間はあまりにも短い。ソラが実は二人の子供だった、少なくとも私はそう思っていた、ということを告げてすぐ、おばあさんは死んでしまいます。あとを追うように、おじいさんも。

やっと、憧れていた家族を手に入れたソラにとって、おじいさんの死はどれ程つらかっただろうと思います。この時にソラの目に涙が見えて、それがまた、辛い。そしてカグヤとの別れも。でも、残されたカグヤは、なんだか大丈夫っていう気がするんですよね。少なくとも、ソラとの別れのシーンでは。カグヤは、このシーンで「さようなら」って辛そうだけれどはっきりと別れの言葉を言うんです。悲しくて辛いだけじゃなくって、たくさんの感謝がこもっている「さようなら」に聞こえました。今までおばあさん、おじいさん、ソラの愛情をたっぷりもらってすくすく育ってきて、サンという支えも得たから、きっと大丈夫って。なんとなく、そう思えるシーンです。

 

車持皇子(くらもちのみこ)と石作皇子(いしつくりのみこ)のおふざけの楽しさ 

ちなみに、春風外伝では衝撃のアフロヘアーを披露してくださった重住綾さんは今回も最高に面白かったです。綾さんが車持皇子役、TAROにも出ていたいけめん佐々木崇さんが石作皇子役。カグヤが男だと知って「騙された!」と憤る二人が悪だくみをするんですけど、これがまた、面白かわいい。なんだか憎めない。いっつもいいアイデアを思いつくと「車持皇子ぉ!」「石作皇子ぉ!」(お互いを指さす)「へっ!」(悪い顔で両手を広げる)ってやってる。DVDに入ってるゲストは植田圭介さんなのですが、「自転車パントマイム」を披露する植ちゃんと一緒に自転車パントマイムさせられたりするのだけど、「俺たち、生きてる!」ってきらっきらした顔で言っちゃったりもする。(弱虫ペ〇ル舞台ネタ…笑) かわいい。

ちなみに、この二人はあんまり出ませんが、カグヤとサンを仲たがいさせたうえで、熊の出る道にカグヤだけを誘導して熊に襲わせるシーンがすごい好きです。ソラが熊に懐かれてるところがめちゃかわいいし、サンが駆け付ける姿がいけめんだし、かけ事疑惑をかけられて熊から逃げながら「私そんなことしません!」のところもかわいい。

 

そういえば…春風外伝を見た人にもうれしいシーンが。

そういえば悪だくみ二人組から逃げるときにカグヤが男装をするのですが、このお衣装が春風外伝の文三さん衣装で、文ちゃん好きでふっきーさん好きの私はニヤニヤしながら見てしまいました。だって春風外伝ではその衣装を着てたふっきーさんが隣にいるんだもの…ニヤニヤする…(笑)そのシーンではカグヤが男らしい声の出し方練習をするのも見どころです。

 

カグヤは、カグヤ

印象的なセリフの一つに「カグヤは、カグヤ」というセリフがあります。カグヤは女性的な格好はしているけれど、生物学的な性別は男で。それがバレて、帝や車持皇子と石作皇子、その手下たちに殺されそうになります。その途中で、カグヤがつぶやくセリフです。別にカグヤはそうしたくて、女の格好をしているわけではない。でも、男の格好をして男らしくしたいわけでもないんじゃないか。そのセリフが、少し戸惑うようにも、自分に言い聞かせるようにも聞こえたので、そんなふうに思いました。

ボーヴォワールのいうところの、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉を思い出したりもしました。カグヤは誰より女らしく、誰より男を魅了しますが、ほんとは手で木をバリーンって割れるくらい力があって、それでも月からの追っ手にわからないように、女として、おしとやかに、って言われながら育てられるんですよね。そうやって育ってきて、馴染んできて、ほかにどんなありようも選べなくて、でも、男性のサンを好きになって。「欺いている」と自分でも思ってしまうし、周りにも言われる。そのことへの違和感や戸惑いが、「カグヤは、カグヤ」というセリフにこもっているような気がします。

サンにその在り方を受け入れてもらって、「僕は、僕」とカグヤは言います。(「カグヤは、カグヤ」ではないところがまたね。生物学的に男として生まれて、男性のサンのことを好きになる自分を受け入れられたのかなとも思います。) それでも自分が「サンを欺いてきたけれど許してもらった。そのやさしさに甘えてはいけない」なんて言うんですよね。

なんだかなあ。男とか、女とか、なんなんだろう。なんなんだろう…。カグヤを見ていると、よくわからなくなります。男になろうとか女になろうとか、望んで生まれたわけじゃないし、社会的に「女になった」(そう育てられた)のに、それで自分を責めちゃったりすることって、よくあるよなあ、と。サンとカグヤと同じ悩みじゃなくっても。「女らしい」「女らしくない」とかもそうだし。女とか男って定義されることの、なんと生きにくく、不自由なことかと思ってしまって、消化しきれなくて、ずっとモヤモヤしています。そして、私も「自分が男だったらこの子を幸せにできたかな」とか思うことがやっぱりあったので、女装してて女として好かれていたサンに対して「言えない」「欺いてる」って思っちゃうカグヤの気持ちもわかる…。

 

 そのほか、こういう系統の話で気になってソワっとしてしまうところはこんなかんじです。 またぼちぼちと、考えます。

  • ソラが「兄弟だね!」と言ったときに、「妹だ!いや、弟か?…関係ねえか」って言ってくれたり、「そろそろ、打ち明けてもいいんじゃねえか。男だろうが女だろうが、月の民だろうが何だろうが、ともに歩んでくれるはずさ、お前見込んだあいつなら」と受け入れてくれるシーン。
  • カグヤのこども時代。「これだから女はめんどくさい」という子に対して、「そんなこと言っちゃダメ。男は強さを、女は優しさを、神様がくださって生まれてくる。だからどちらも幸せ」というところ。その後それを聞いたおばあさんに、「なら、カグヤは人の倍幸せってことだね」 と言われる。

 

赤と青の表現の仕方

最後に、赤と青、それが混ざり合った紫というのが今回の舞台ではとても象徴的に使われていたので、その話を。赤は激しい愛を、青は静かな愛を表現していることが冒頭のカグヤの生みの親、アオイのセリフからわかります。

月での、カグヤの親世代のドロドロ愛憎劇もそう。

  • 赤=クレナイ:衣装が赤。嫉妬、愛故に王を愛した記憶も愛という感情もわからない人にしてしまう(ってことは自分も忘れられちゃうってことだと思うので、なんだか切なくなりました)
  • 青=アオイ:衣装が青。静かに王とカグヤを愛す。

でも、赤と青どっちが悪いってことじゃなくて、青い衣装を着ていて名前に青がつくアオイさんですら、心の中には赤と青の感情があることが歌の中で示されるんですよね。

地球での、カグヤにまつわる関係性では、

  • 赤=サン:衣装が赤。激しい恋。カグヤを奪っていく。
  • 青=ソラ:衣装が青。見守る家族愛。いつもカグヤのそばにそっといる。

という感じ。この二人は愛の伝え方も全然違いますよね。サンは激しく訴えかけたり、がばって抱きしめたりしますが、ソラは一緒に椅子に座って静かに語りかける、みたいな。照明や衣装の表現や、赤担当、青担当のそれぞれの方の気持ちの表現の仕方とかを考えながらもう一回見たいなと思うところです。

 

以上。もうちょっとぐるぐる考えてしまいそうなので、もし考えまとまったら、また書きます。(まとまらない危惧も今回は感じてますが…)