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七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

【観劇感想】ミュージカル「手紙」と差別について考えたこと

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ミュージカル『手紙』2017 OFFICIAL WEB

ミュージカル「手紙」見てきました。直貴が太田基弘さんのバージョンです。東京千秋楽だというのにまさかの最前列ど真ん中!すごくいい席で役者さんがあんまりにも近くて、ドキドキしました。全員歌も演技も素晴らしいし、演出も衣装も好き。

でも、お話の中身が全くもって合わなかったんです。「人は誰しも差別される側に回ることがある」ということをハッキリと示してくれたことはよかったと思いますし、主人公の直貴にとっては良い終わり方だったのかも。でもその他のいろんなことが気になり過ぎて、正直に言って好きな作品ではないです。

なので、今回の記事ではお話の中身について酷評すると思います。ネタバレが嫌な方と、ご覧になって「感動した~」「よかった~」という方、批判的な意見は見たくないという方はご注意ください。

 

主演の太田基裕さんのものすごさ

太田さんの舞台を見るたび「成長した」「すごい」と言ってきましたけれども今回も、物凄かったです。主人公の直貴は、すごく大変な役だと思います。綺麗ごとで済まされない現実を生きている人の役ですが、それを目や表情や立ち姿、すべてを使って表現されていて、物凄かったです。たとえば、はじめて強盗殺人を犯した兄に面会するシーン。それまでに直樹は理不尽な世間にもみくちゃにされて、ぼろぼろに傷ついてきていました。それでも「自分のために」罪を犯した兄の前ではそれを出さないんですよね。その時の太田さんの表情が凄かった。本当に疲れきった顔で、わらっていました。こんなに複雑な表現ができてしまうのかと、息を飲みました。なんだか、壁の中にいる兄のほうが、守られた場所で生きているような気がしてしまって、辛かったです。

バンドがデビューできるかもというときに兄のことが事務所の側にばれて、仲間たちに去ることを促された時の演技も凄味がありました。仲間だと思っていて、兄のことがあっても自分を受け入れてくれたと思っていた人たちに裏切られて、その中で高校時代から差別することもなくそばにいてくれた祐輔だけは、変わらずに「やめないでくれ」と言ってくれて。乱れに乱れて、でも、祐輔には「音楽を取れ」と促すんです。その時の自棄になったような仕草、床に崩れ落ちた丸まった背中に漂う絶望。ああもう。本当にすごい。

ほかにも、兄から届く手紙をゴミ箱に捨てるときの固い表情、娘が大けがを負って、大けがを負わせた加害者の母に相対するときの父としての顔、兄が殺してしまった人の家で兄からの手紙を読みながら歌う表情、「お互い、長かったな」と被害者の息子に言われた時の表情、刑務所の慰問にいってからの表情の変化やぽつりとつぶやく「兄貴」という震える声音。どれもこれもが凄まじかった。伝わってくるものがありすぎて。

歌もさすがでした。周りに物凄い歌のうまい人が集まっているはずなのにぜんぜんひけをとらないんです。こりゃあ主演も張れるわと誇らしい気持ちで思いました。

 

唯一の「いいやつ」藤田玲さんと、そこらにいそうな青年をやらせたらピカイチの加藤良輔さん

玲くん演じる祐輔はほんとにいいやつでした。最初から最後まで変わらずに主人公のそばにいてくれて、本作の良心です。玲くんって人との距離が近いひとですよね。すぐいろんな人にくっつくし触る。でも、だからこそ、直貴のそばにいる役割がすごくあっていたと思います。わたしも同性パートナーと暮らしているという点で差別を受けやすい立場にいますが、そのわたしから見ても祐輔の関わり方は理想的でした。踏み込み過ぎないけれどそばにいてくれて、でも「そのこと」を避けて話題にしないっていうわけでもないんですよね。こんな気遣いにあふれた友人がいてくれたら安心だろうなと思います。

対して、加藤良輔さんは「差別する側」として演じることが多くて。でもわたしは加藤くんの演技、好きです。等身大の普通の人間っていう感じで。人間、良心的な部分ももちろんあるけれど、犯罪者の家族に関わりたくないって思ってしまう下衆な面もあって、加藤さんはそれ自然に表現してくるんですよね。なんだか、そこにヘンな魅力を感じてしまって、好きだなあと思いました。あと加藤さんは衣装がとっても可愛かったです。

 

みなさん本当に歌が上手い!セットや衣装や演出も好き。

そして兄の剛志役の吉原光夫さんはジャージーボーイズでも拝見しましたが、矢張りすごくいい声をしていらっしゃいました。素敵。 由美子役の小此木さんも歌ほんとうまい…。透明感のある声なのに意志を載せた歌い方をするときの迫力がすごかったです。ほかのキャストの皆さんもみんなすごい力のある、演技派で歌もうまい方々だったので常に耳が幸せでした。セットや衣装も私は結構好きです。特にキャビネットみたいなセットが移動して、部屋になったり鉄格子に囲まれた刑務所を表現したり、くるくる回ったりするのが良くて、こんな風にも使えるのかという驚きがありました。生バンドのいる二階部分でライブやったりするのも好き。

 

「差別」の描かれ方

ここから酷評します。内容はほんとに私はダメでした。思想が合わな過ぎる。差別を擁護しているように見えたし、「結局マイノリティは空気を読んで隙間から手の届く範囲の幸せを掴むしかない」って言われているみたいに見えました。

劇中最後に主人公の直貴が「差別も偏見もなくならないくそったれな世の中だけど俺は地に足をつけて生きていく」っていうじゃないですか。家族の犯した罪に翻弄される人生を送る直貴の決意という意味では、ああ、そうだよね、と思わなくもなかった。自分がマイノリティであることを受け入れられるようになったときの自分自身もこんな気持ちでした。でも、「差別も偏見もなくならない世の中」を、差別する側の人が「仕方ない」と言ってくることが私には許せなかった。

直貴は大手電気店に勤めていたときに、不当な人事に直面します。兄が犯罪を犯したということが分かって、花形の店頭から、埼玉の倉庫へと異動させられるのです。それに対して倉庫にやってきた社長が「今回のことを不当だと思うか」と問いかけます。それに対して直貴は答えられないのですが、社長は「今回の人事の判断は正しかったと私は思っている」と言っています。これ、どう考えても社長が言っちゃいけない台詞でしょう。録音して裁判起こしたら勝てるんじゃないかと思います。自分の会社で差別的な人事が行われることを肯定していて、しかも「差別は当然」「君が差別を受けることも含めて兄の罪への罰なんだ」と言います。お前何様だよ、と私は怒りを覚えました。罪を犯した人やその家族に、罰を与えるのは司法の役目でしょう。赤の他人のあなたが、なぜ、何の罪も犯していない直貴を差別している人たちを擁護するのか。自分たちの中にある差別する心を「しょうがないんだ」って肯定したいだけ、そうやって直貴を納得させて、自分の会社が訴えられないように、恨みを買わないようにしたいだけなんじゃないかと思いました。

さらに別のシーンで、社長は「君たち夫婦は正々堂々をモットーとしているようだが」と言います。君たちはそうやってさらけ出して生きてて気持ちいいかもしれないけれど、受け取る側はどう思うかみたいなことを言うんです。なんだかカミングアウトやアウティングのことに思いを馳せました。なんでしょうね。日頃から理不尽に差別されて苦しい思いをしている直貴たちが、なんで受け取る側のことまで気を使わなければならないんでしょうか。受け入れろとは思いません。受け取り方は人それぞれだから、結果否定されたり嫌なことを言われても仕方ない部分もあります。でも、受け取る側から「こっちも言われたらどうしたらいいかわからないし苦しいから気を使ってよね」って言われるのは腹立つ。普段から空気を強制的に読まされているのにさらに空気を読むことを強要してくるなんて、あんまりです。そういうことを言う人は、自分が差別をしているっていう事実に直面したくないだけでしょう、って思ってしまいます。

そういう社長の言動が「いいこと言ってる」みたいな扱いであることや、直貴がすべてそういう理不尽な言動を受け止めて生き方を変えようとするのが苦しい。差別や偏見に苦しめられても、差別や偏見と闘うんじゃなくて、差別や偏見はあるものだと思ったうえで、文句を言わずにできる範囲で努力して生きていくことが美化されているように感じてしまって、嫌な気持ちになりました。差別や偏見はなくならないし、その中で生きていかなきゃいけないのも事実だけど、差別や偏見を少しでもなくしていくことが大事なんじゃないのか、と思います。差別や偏見の中で押しつぶされそうな人が声を上げて闘っていくことの困難さはわかるので、だれもが闘うべきだとは思いません。なので直貴の気持ちの変化自体を否定するつもりは全くなくって。でも、その描き方がいやでした。

由美子の描かれ方ももやっとするポイントです。由美子は最初肩をすぼめるようにしてうつむいて生きている直貴に、「あきらめないで」と言って励まします。社長に不当な人事に抗議する手紙を書きます。なのに、途中からそうやって闘うことをやめてしまいます。直貴が兄と絶縁することを決めた時も何も言わず、その後も、「直貴についていくって決めたから」って全面的に直貴の言うことを肯定します。…なんか、こうやってつらいときは慰めてくれて、常に陰から支えていてくれて、全面的に男を肯定する「聖女」的な女性の描かれ方に、もやっとしてしまいます。あの、板の上で生きている由美子や役者さんが悪いわけでは、ぜんぜんないですよ。でも、描かれ方が「あー、男の夢が詰まった女像ね、ハイハイ」っていう感じ。こういう生き方があってもいいけど、それを賛美する物語が世の中に溢れすぎていて、この作品もそうかと思ってげんなりしてしまいました。

 

まとめ

なんだか、社長周りのことも由美子の描かれ方も含めて、「マジョリティで生きてきたひとによる大雑把な物語」っていう感じです。私的にはちっとも感動しませんでしたし、むしろ、こういうところに違和感を持てるような人生を送ってきてよかった、と思います。わたしは、差別や偏見があることを否定しないし、差別や偏見のない世界を夢見ていきてはいませんが、差別や偏見が自分のうちにもあることを自覚したうえで人と接することができる人間でありたいです。そして、祐輔みたいに、寄り添える人でありたい。 

まあでも、繰り返しになりますが、「誰もが差別や偏見を受ける立場になりうる」っていうことをリアルに描いてくれたという点ではよかったと思います。役者さんや音楽や衣装や演出の仕方も、すごくよかった。また藤田さん演出の物語を見てみたいなと思いました。

以上です!ではまた!

  

手紙 (文春文庫)

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