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七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

父の『同性同士で付き合ってどうなるんだよ』発言に思うこと

LGBT

父の一言

ふと思い出したのですが、昔、ウォーターボーイズを見ながら父がこんなことを言っていました。
「男同士で付き合ってどうなるんだよ(笑)」と。
すっごくうろ覚えなんですけれど、確かゲイ役の子がいて、シンクロの振り付けの途中で好きな子に愛をアピールして抱きつくようなフリがあったんですよね。
それを見ながらそんなことを言っていました。
その当時もう自分が女子を好きになることがある自覚があった私は、「なあ?」と同意を求められても何も答えられませんでした。

 

改めて考えてみると…

ちゃんと考えてみる機会がなかったのですが、彼はどんな認識で、何を思ってそんなことを言ったのでしょうか。
おそらくは、ですが、異性愛でいうところの、『付き合って、結婚して、子供を産み育て、おばあちゃんおじいちゃんになって、大往生する』的なものを脳裏に描きながら言ったんじゃないかと思うんですよね。
で、それを前提として描いた上で、彼が言いたかったことを想像すると二つの方向性があって。

①「結婚も子供もできないのに同性同士で交際をする意味なんてあるのか。いや、ない」
②「(純粋な疑問として)同性同士で付き合っても先がないように見えるが同性同士で付き合うような人はその後の人生をどうしようと思っているのか」

ニュアンスとしては古文で言うところの「反語」的な使い方だったんですよね。「男同士で付き合ってどうなるんんだよ(いや、どうにもならない)」という。なので①に近い考え方なのかなと思います。

 

同性愛は結婚も子供を生むこともできないから意味がない?

①って、同性婚反対派の意見としてもよく聞く論理です。背後にはこんな固定観念が隠れているように思います。

  • 男女恋愛、男女結婚して子供を作るような人生が普通。
  • 結婚というゴールなしに付き合うことは意味がない。
  • 人は結婚し子供を産み育てることで世の中に貢献できる。社会的義務だ。

こういう価値観のもとに、父は、『同性同士で付き合ったって結婚できるわけでもなく、子供を作れるわけでもなく、「先がない」のだから、同性と付き合うなんて意味のないことをするより、普通に結婚できる相手を見つけた方が得策だ』ということを言いたかったのでしょう。

でも、この考え方に隠れているのは「同性愛者・両性愛者に対する無知」だと思うのです。
つまり、同性愛者・両性愛者はこんな風に感じている人が多いのではと思います。

  • そもそも異性に対して恋愛感情を感じない。無理矢理に異性を愛そうとしてみても苦痛でしかない。
  • 人生のパートナーとして異性を選ぶ気がない。選びたくない。
  • 同性となら結婚したいけど制度がないのでできない。
  • カップル+子供という形の家族を作りたくても身体的、制度的、社会的制約が多くてできない。

だから、「ふつうに異性と付き合った方がいいと思うよ」と言われたって無理なのです。
無理って言っても個人のわがままでしょ、程度にとらえられることもあると思うのですが、どの程度無理かと言ったら自殺を考えるくらい無理という人も多いと思います。
私は両性愛者なので男と付き合うこともできなくないですが、今とてもうまくいっていて大事にしている彼女のことを、早く別れて結婚相手見つけなよ、と言われたら泣き喚きますし、理解が得られないのであればその人とは親兄弟であっても縁を切ります。

男女の間であっても結婚したくもない人と結婚させられる悲劇って大昔からあって今は「好き合った人と結婚するのが一番」っていう価値観の人が多数になってきたはずなのに、同性間になると平気で「やめなよ」って言えてしまうの、なんなんですかねー。

 

そしてもう一つ、「多様な生き方への無知」も隠れていると思います。つまり、たとえばこんな感じのことが、わかってないのではと思います。

  • 結婚を前提に恋愛・交際をする人ばかりではない。
  • 結婚しない人生を選択する人もいるし、離婚する人もいる。
  • 子供を生めない人、生まない選択をする人もいる。
  • 結婚、出産、育児以外の生き方に意味を見いだす人もいる。(趣味・仕事など)
  • そして、それぞれにみんな幸せに生きている。逆にいうとどの生き方を選んでも幸せになる保証はない。

たぶん個々人のケースで見ていったら普通に理解できることだと思うんです。でも、集団とか、自分のそばにいない人に対してだと、途端にこういうことが見えなくなってしまうんですよね。言ってる人自身も、自分の人生について『意味がない』なんて言われたくないと思うんですが。固定観念って怖いですね。

 

モデルの不在

また、②の意見の場合なのですけれど、同性愛者の幸せな人生像が見えてこない、もしくはノイズとして掻き消されてしまっている(異性愛で結婚して子供を生むような物語が至る所で賛美されそれ以外の生き方は取り上げられないか、悲劇として取り上げられる)というのが背景にあるのではと思います。

『実際同性愛者ってどんな風に人と出会って、恋して、付き合って、どんな風に生活して、人生を送るんだろう』っていうことがあまりにも見えてこないから、こういう発言につながる。

これは私たちにとっても考えさせられる問題です。同性愛者、両性愛者にとって将来の不安はつきものですし、人生を悲観して自分の性的指向を隠して生きていこうとしたり、悩んだり、自殺に至ったりということに繋がります。今は同性カップルさんたちの書籍がどんどん出てきているのはいい兆候ですけれど、まだまだ足りていないなと感じます。

 

そもそも恋愛って…

『男同士で付き合ってどうなるんだ(意味ないでしょ)』発言のそもそものところに戻りますが、そもそも恋愛って『意味のあるなし』で議論できるものなんでしょうか。誰か人を好きになるっていうことって感情の動きの話であって、論理じゃない。だから意味があるなしなんて関係なく恋に落ちるときは落ちると思うんですよね。それって異性愛でも同性愛でも同じことでは?と思います。

『交際する』っていうところだけ切り取るなら、恋愛感情なしに、意味や意義の世界だけで、結婚するために付き合うみたいなのがあるかもしれませんけれど…。

だから『男同士で付き合ってどうなるんだ』の答えは『好きな人と一緒にいられて幸せな生活を送れると思います』ということに尽きると思うんですよね。先になにもないように見えたって恋愛していいし、それのどこがわるいの?余計なお世話、っていう感じです。

恋愛、交際、結婚の三位一体の幻想って、これも一人一人の過去の恋愛や近しい人の恋愛、周りにサンプルケースがなければドラマや小説の中の恋愛を考えてみたら『幻想だ』ってわかるはずなのに、バラバラに考える人は少ないですよね。付き合ってる人がいる→そろそろ結婚とか考えてるんですか?って聞かれるのは正直めんどくさいので、このあたりの幻想もなんとかならんもんかなあと思います。

 

まとめ

父の意見をもとに話を進めてきましたが、要するに「恋愛感情を誰に抱くかや人生の意味的な話は個人によって違うもんなので自分の価値観で判断するのはやめてください」っていうことを言いたいです。そして無知って恐ろしいものだなということも感じます。だからもっとわたしたちのことを知ってほしいと思います。

でも、「知ってほしい」と思う反面、傷つくような質問の仕方をしないでほしいとも思います。知ってほしいけれど、誰に対してでもカミングアウトできるわけでもなかったりしますし…難しいところです。事実、私も両親に対してはカミングアウトできずにいます。
そうなると頼る先は、他力本願だと言われるかもしれませんが、「教育や研修」「政府の広報」「マスコミの報道や書籍」などになってきます。そういうもので少しでも理解の土壌が広がっていけば、カミングアウトして、さらに理解を促進していくって言うこともやりやすくなると思うんですよね。
なので微力ながら、こうやってSNSやブログで当事者としての発信をし続けたいし、いつかそういう「マス」で理解の土壌を作っていく仕事にも関わってみたいなと思います。

 

ではまた!