七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

ライフワークとしての書くこと

ずっと「書くこと」の置き場がよくわからなくってモヤモヤしていたのですけれど昨日「ライフワーク」という言葉が天から降ってきたようにふわっと頭の中に入ってきて、そうか、こういうことなのかも、と思いました。もちろん、変わるときが来るのかもという前提で。

 

ここ一年と少しブログをやってきて、うまいかどうかは別として、文章を書くということがかなり好きで、向上心を持てるということがわかりました。疲れちゃって離れたくなる時ももちろんありますけれど長くても二週間もするとまた自然と書きたくなります。

 

そもそも昔から「書く」ということにずっと親しんできたことは昔別のブログでも書いた気がします。小学生の頃の自主勉強ノートからはじまり、中学生の頃に初めて教科書の小説の続きを書いて入選して、その後ヲタ生活の中で二次創作をすることを覚え、オリジナルで小説を書くことに憧れて文芸部に入って。ブログは何回も作っては閉じ作っては閉じしていました。続かなくて(笑)そして、身近な人に見せるだけでしたけど、ぽつりぽつりと文芸部でやっていたように文章を書き続けていて。内省的な人間なのでノートに考えたことや悩みをつらつら書きつけたりもよくしていました。

 

あまり人には見せずに匿名か自分と周りの数人に対してひっそりそういうことをやってきて、それだけなのに、何故か会社で「文章がうまい」と目される人に文章を書く仕事が回ると嫉妬したりして。ブログやツイッターで「自分は文章で食っていきたい」と率直に表明できる方に羨望の気持ちを抱いたりもしました。

 

でも、ここ一年「書くこと」にちゃんと向き合ってきて、定期的に書けばそりゃ多少はうまくなるし、まだ下手の横好き程度でしかないけれどうまくなりたいっていう気持ちも出てきて、「趣味」というにはあまりに自分の中の想いがありすぎるということをようやく自分で認められるようになりました。でも、「仕事にしたい」って言えるほどに現実が見えてないわけではなくって。(だってブロガーさん界隈でも、たくさん読んでいると「この人はすぐ本出せるだろうな」みたいな人はよくわかる…)

 

でも、「ライフワーク」という言葉はしっくりきたんですよねえ。「ライスワーク」として文章でお金を稼げることや、仕事の場面で文章がうまい人と目されて常に頼まれるとか、そういうことがあればそりゃあ嬉しいし、そういうポジションを目指すことはありかもしれないけれど、そういうのがなくたって、わたしは文章を書くことは多分やめられないし、続けていきたい気持ちがあります。だから「ライフワーク」。

 

もしもこのブログをやめる日が来ても、きっと別の書く媒体を見つけてなにかを書いたり、個人的にノートや日記やポメラで文章を書くことは、きっとやめられないんだろうなぁ。

そして、想いがありすぎるからこそ「もうわたしは書くことをやめてしまいたい」「やめよう」と思うことは昔から時々あるけれど、やめてしまわずに向き合って生きていくほうが、なんとなく、前を向いている感じがして、自分で自分を認めながら生きやすい気がします。

 

ではまた!