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七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

LGBTのBがLGBT勉強会に参加してみた

※ここでは便宜的に「ジェンダーやセクシャリティのあり方が大多数のあり方とは少し違う人々」のことを「LGBT」と表現します。「LGBT」には含まれない人もいるし「SOGI」の方が包括的かなとか、いろんなことを考えましたが世間的な通りの良さとわたしの用語理解度などを鑑みて取り急ぎこんな表記にすることにしました。あしからず。

 

LGBT勉強会

先日、LGBT勉強会なるものに参加しました。社内開催のもので、当事者とも仕事で関わる可能性のある非当事者の方が、たくさん勉強されて、講師として立たれていました。今回はLGBTの認知度も上がってきたので基礎知識を改めて知ろうということが目的でした。基礎部分なので、用語解説が多かったですね。

わたしは今の職場ではほぼカミングアウトしていない状態なので、もちろん講師の先生も周りの人も当事者がそこにいると明確にはわかっていない状態で参加しています。結構身構えて参加したのですけれど、講師も参加者も拍子抜けするくらい真摯に捉えてくださっていたし、いち専門家として「LGBTの方がお客様としていらっしゃったり問い合わせがあったらどう対応するかを学びたい」「失礼のないように寄り添いたい」って思っていらっしゃる人が大多数であるようで、ほっとしました。質疑応答も結構多かったです。

終了後の参加者のみなさんの会話の調子も少し気にしていましたが、一部、ネガティブな反応や馬鹿にするような調子で話している人、まったくの他人ごととして捉えている人もいたような気がします。まあここは、各人の生きてきた軌跡にもよりますから、仕方ないところはありますね。

 

で、そんな研修の最中に、クローゼットな当事者として存在していながら、思ったことをいくつかお話したいと思います。

 

意外とカミングアウトしているLGBTが身近にいる人は少ない

参加者の質問の様子を見ていての、なんとなくの直感ですが、「お客様やクライアントとしてLGBTの方に対応したことはある人はいても、私生活で友人や家族からカミングアウトされて深く話を聞いたことがある人は少ない」んじゃないかなぁ、と思いました。つまり「LGBTが辛さや不便を感じていることは知っているし力になりたいけど、どんな時にくるしさや辛さを感じるか、どんな壁に直面するかを具体的には知らない」ということです。

自分が当事者で、LGBTの当事者と自ら繋がろうとしているから「結構そこらにいるよね」「そこそこ知ってるんじゃない?」という気持ちになってしまっていますけれど、意外とそうではないみたいです。確かにわたしも自分がカミングアウトしていない相手にカミングアウトされた経験は一回だけかな…。身近にいたとしてもカミングアウトされていないか、カミングアウトされていても深い話を聞けないんでしょうね。こんなこと聞いたら失礼かなと思ってしまうということもあるでしょうし、漠然と知りたいと思ってもなにを聞いたらいいかわからないということもあるかもしれません。なので勉強会で事例を知りたがるし、参考文献を聞きたがるのかなと。

そう思うと、当事者の「自分語り」って結構大切だなと感じました。聞く側がどういう反応をするかわからない中ではリスクが高いので、どんな場で、どのように語るのか、匿名なのかカミングアウトするのかというところは難しいですが、できる人ができる場で語ることってきっと大事なんだなと思いました。アクティビストの皆さんやLGBT研修をやられる当事者の方には頭が下がります。わたしも自分ができることを無理しない範囲でやれたらいいな…。こうやってブログを書くこともその一つですが、いずれは職場で、対面で、ひとに自分のことをきちんと話すようなこともやってみたいです。

 

欠けがちな内容、視点

非当事者の方が研修や勉強会を企画されるとやっぱり事例が少なくなるなとは思いました。普段からそういうアンテナを立てている当事者の方がやはり情報量は多いんだろうなと。一橋大の学生さんの自殺の話なんかは、結構話題になってた印象なのでアウティングの用語説明の時に話が出るかなと思ったのですが、出てきませんでした。全体的に事例が豊富とはいえない印象でしたし、話す人もなんだか自信がなさそうに話されていました。

そして、やっぱり簡単でもいいのでライフヒストリーに沿って説明しないと、全体像が掴みにくいよなぁと思いました。生まれてきて、思春期に悩み苦しんで、やっと自分を受け入れて、でも周囲や家族には言えないみたいな葛藤やいろんな問題があって、やっとなんとか乗り越えて幸せに暮らしていても将来が不安、それはなぜかというと…みたいなものが語られないと、単に「パートナーがいても家族割を受けられない話」とかになってしまうんですよね。それはそれで問題ですけどもっと色々、困難や生きづらさがあるよね、それを知ってほしい、と思いました。

最後に、感覚としてわかってもらうということがなかなか難しいけれど、そういうことができたらいいなと思いました。普通に語ると「お勉強」になっちゃうんですよね。「こういう人にこれこれこういうことを言ってはいけませんよ」「わかりました」みたいな。なぜ言ってはいけないのか、どんな気持ちになるのかが、自分ごととしてもう少し伝わるといいなぁと思います。

以前わたしはブログで「偏頭痛と性的指向のカミングアウトは似ている」ということを書きましたが、そういう感じで自分の知っている感覚に引き寄せて、「自分も程度やジャンルは違うけど、誤解されてつらかったり、説明が面倒くさくて適当にごまかすけどもやっとしたり、自分のくるしさを大したことないように思われてつらい気持ちになることってあるよなぁ」と感じてもらえたらいいなと思いました。(もちろん「全然違うよ!」っていう感じ方や解釈をされる場合もあると思うのでそこの差は埋めて行かねばなりませんが…)

LGBTであることを他人ごとにせずに自分や身近な人のこととして感じてもらえたら、いろんなことが変わりそうな気がするんですけどね…。

 

 

まとめ

LGBT勉強会なるものに参加してみて、心の中までは見えませんが、すくなくとも表面的には、理解しよう、支援しようと思ってくれている非当事者の専門職の方々もたくさんいるんだな、当事者の話をきちんと聞く場って必要とされているんだなと思いました。

そして、「この中にはいない」と思って話している方々の中で、「わたしは当事者です」と言ったらどんな反応が返ってくるかなと想像したりもしました。わたしが関わらざるを得ない、いち社員として、普通に働いて普通に暮らして、でも、困ったことや不安もたくさん抱えていることを知ってもらったら、どんな風にみなさん感じるんだろう…。リスクが高いように思うので全員に向けたカミングアウトは今のところする予定はありませんが、もしそうしてみたら、みなさんの捉え方や行動がどう変わるかなということを感じてみたい気もしています。なので、すくなくとも今回講師をやられた方とは個人的に少し話してみようかなと思っています。

 

まとまりませんが、以上です。

 

ではまた!