七転び八起き

観劇記録、ハロプロのこと。たまにLGBTとお仕事の話も。

労働保険・社会保険と同性パートナーのこと

わたしが最近勉強しているのは社会保険労務士の資格取得のための勉強です。
今年はたぶん受からないだろうなあと思いながら勉強するのはなかなかにつらく、なんでここまでちゃんと勉強しなかったのかとか自分を責めることもあります。しかし、合格率も3〜5%とかそのくらい低くて、仕事ですぐ使う資格であるというわけではないので、まあ2年間かけてゆっくり合格できたらいいなあという風に考えるようにしています。

 

それで、社会保険労務士の勉強をしていると、「いざという時」の話がたくさん出てきます。
たとえば、仕事中に何か事故に巻き込まれるようなことがあって、働けなくなってしまったときの事とか。その後、障害が残って介護が必要になったときのこととか。死んでしまったときのこととか。
そんなとき、ある程度のお金がもらえたり負担なくお医者さんにかかれる制度が、けっこうしっかりと整備されているんですよね。

 

でも、たとえばもし万が一、大きなけがを負ったり病気になって大きな障害が残ったとき、「障害補償年金」というのが受け取れる場合もあるんですが、「死に至る」ようなことになった場合、一定の条件を満たせば、配偶者やその子が、お金を受け取れたりするんですよね。
遺族補償給付の場合だと、「労働者により生計を維持していた者に対して」なので、何らかの理由で働けない、もしくは、働かない選択をしていて、パートナーの稼いでくるお金で生活をしていた配偶者やその子供が、お金を受け取れることがあります。

 

でも、こういうときにいう、「配偶者」に同性パートナーは含まれていないんだなぁと勉強しながらしみじみと思ってしまいました。一応、労働保険・社会保険に関しては、婚姻の届け出をしていない、「内縁の配偶者」に対しても婚姻関係にある人と同じように対応することになってはいるんですが、いくつか検索して見てみたところ、基本的には「配偶者」って「婚姻の届け出はしていないものの、届け出を出せばいつでも婚姻関係と認められる間柄のこと」を指しているから、そもそも「婚姻の届け出」を出せない状態である同性パートナーはそこに含まれないという解釈の人が多い様子です。

 

いまのは、労災法の例でしたが、年金とかも含めて、いろーんなところでこの「配偶者」問題が出てきます。

 

なんだか、とてもいやあな気持ちになります。嫌な気持ちを分解してみるとこんな感じ。
ひとつめに、まず、わたしたちの存在自体が、ないものになってるんだなあっていう疎外感。
ふたつめに、「パートナーである」ということ自体は同じなのに、同じに扱われないんだなあという寂しさや怒り。こういうのが、差別や不平等っていうんだなあと思います。
みっつめに、なにかあったときのために、ふつうの家族の倍ぐらいは貯金しなきゃいけないし、パートナーにお金を残すための仕組みも考えなきゃなあという気持ち。なんだか、疲れる。だれに聞いたらいいのかもわからないし、いちからそれを考える労力って物凄く大変だなあと思います。

 

なんかこういうことを話すと「大丈夫だよ、『万一』ってそんな起こらないし」「その時考えたらいいじゃん」「○○すればいいじゃん」って安易に言う人もいますけど、そう言われることもセットで、生きづらさを感じます。不公平や不平等を見なかったことにしないでほしいなって思ってしまう。安心させようと思って言ってくれてる人も多いと思うんですが。あんまり考えずに言ってるよなぁというのを感じてしまうこともあります。
将来の不安を持ちながら日々を生活するのって、なかなかにストレスです。そして、なにか起こったその時考えるんじゃ遅いし、遅いからって言って今から準備するのも、結構大変なもんですよ。

 

今年の9月で、付き合って10年目を迎えるパートナーがわたしにはいます。結婚の制度があったらとっくに結婚しているし、法律上も「配偶者」として扱われるのになあ。お子さんのいる同性カップルなんかだと、一層不安だろうなあ。

 

そんなことを思った日でした。
ではまた!

 

※まだ勉強中の身なので、表現が正確でない部分はご容赦ください。