七転び八起き

ハロプロと観劇と、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活のこと。

年明けから家族のことで悩まなくなってきた

なぜか年が明けてから、家族のことで憎しみや悲しみをあんまり感じなくなってきた。この前ブログでぐっちゃぐちゃな気持ちを全部吐き出したからかな。

この歳になってこんなことを言うのはこっぱずかしいけど、もしかしたらわたしがずっと消化できなかったことって、「条件付きの愛じゃなくて無条件に愛してよ!!」ってことだったのかも、と思った。でも、その気持ちを正直にブログでぶちまけられて、本当に諦めがついた気がする。

そして、年末年始の過ごし方を工夫したことも大きい。毎年年末年始は、29日か30日に実家に帰って、餅つきと掃除を少し手伝って、大晦日を実家で過ごし、年始も3日までいる、というスタイルだった。2年前に年末に観劇したとき以外はずっとそのスタイル。それを、今年は年末はキツネさんと過ごして、年始に3日間だけ帰ることにした。

年末はとても充実した、よい年末を過ごせた。美味しいお店も開拓できた。年始実家に帰る時、電話すると母の声は予想外に明るかった。11月に帰ったときは電話に出てわたしからの電話だと気づいた途端に声が冷え冷えとして、丁寧語になったのに。たぶん、弟夫婦と甥っ子たちがいたせいだ。うちの母は見栄っ張りなので、仕事の都合で滅多に実家に帰らない弟がいる時や、お嫁さんがいるときは「いい人」を演じがちだ。

カミングアウトの時に置いていったカミングアウトに関する本やLGBTの家族と友人をつなぐの会のパンフレットがわたしの部屋に返却されていたのを見て、その瞬間は怒りが沸騰したけど。死ね、って思ったけど。

でも、そのこともすぐに思い出さなくなった。悲しかったり怒ったりしたのは、せいぜい半日くらいのものだった。

人質ならぬ「猫質」にとられている実家の猫にも会った。わたしにしか懐かなかった猫は弟夫婦にもなついてうまくやっているようだった。久しぶりに会ったら老いを感じたけれど。彼女が亡くなるまで、1ヶ月か2ヶ月に1回くらいは、1泊の短い時間で実家に帰るようにしようと思った。縁をすっぱり切ることを考えた時期もあったけど、矢張り彼女には最後まで会いたい。

あの頑なな母が、理解してくれるとは思わない。わたしのカミングアウトそのものを、わたしの実家の部屋に封印して、母はなにもなかったかのように生きるんだろう。わたしは、そこからは少し距離を置いて、自分の人生を生きる。キツネさんとウエディングフォトを撮ったりする。実家には見せずに。公正証書や遺言状をつくる。キツネさんがわたしが病気になったり死んだ時に困らないように。そして母より長生きする。絶対に長生きする。母より先に死んだらキツネさんが困った状況に陥るかもしれないから。

またなにかのタイミングで嫌なことを言われて泣いたりするかもしれないけど、少なくとも今は、東京での家があってキツネさんがいて、支えてくれる友達や知り合いがいて、自分を食わせていけるくらいの仕事もあるから、きっと大丈夫、と思えている。