七転び八起き

ハロプロと観劇と、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活のこと。

考えたこと記録(38日目)私はどこにでも行けるし丸一日家の中にいることも選べる

「明日から激寒らしいよ」と聞いて一歩くらい外に出ておけばよかったかなと少し後悔した。今日は一歩も家を出ないで仕事をしていて、昼ごろから窓の外が明るくなったことには気づいていた。それでも外に出なかったのは文章を書く仕事をしていたからだった。何か書いている時の集中力だけはなかなかのものだと自負している。周りの声、聞こえなくなるし。時間も忘れる。書いている時はお腹もすかない。

ひょんなことから文章を書く仕事を現職の中でやることになった。やっていくうちにふと気づいた。思ったより書く力と読む力が伸びていたみたいだ。こうやってブログをちまちま書いたり、副業で少しだけライターをやっていた時期があったことが、少しは活きた。そういえば私の弟はとある専門職に就いているのだけど、ある時彼が出ている記事を読んだときに、下手くそだったけれど努力と継続だけでなんとかやってきたのだと言っていた。私からすれば彼はかなりセンスがある方に見えていたし、すごく真面目にそれだけを追求しているようにも思えなかった。でも、その言葉を素直に捉えるなら、きっと私も同じなのだろう。下手でも、続けることでなんとかなっていくこともある。私と彼は、顔かたちは似ても似つかないのだけど、おそらく性格や行動の傾向はものすごく似ている。

そうして文章を書く仕事をして1日を過ごして、例えばこういうことだけをやる仕事に就いたとしたらどうだろうと夢想した。これだけを仕事にするには今は力が足りていなくて、でも、研鑽しながら金銭を得られる環境に身をおけたならば、楽しくやれるだろうと思った。でも肩がとても凝るということときっと腰を悪くするだろうということは想像に難くない。それはかなり嫌だ。そして今より稼げなくなるだろう。それはもっと嫌だ。好きでもない文章を依頼によって書かないといけないかもしれない。小説をやっと久しぶりに書き出したけれどそんなことをやっている余裕はなくなるかも。それもすごくいやだ。だから消極的選択の末、今の仕事を続けている。

でも、私はどこにでも行けるし丸一日家の中にいることも選べる、そして、私の時間をどのように使うのかも自分で選べる。もっと言えばやりたいと思って金銭的なものを求めなければ今日夢想したような仕事をやることだってきっとできる。そんなことを思った。もう大人なのだから、そして、恵まれた環境にいて「管理される」というよりは「自分で決めて自分で動く」ことを求められているのだから、自分が自分の管理者になって厳しく鞭をふるい続けることももちろんできるけれど、自分の今後歩んでいきたい方向に向かう仕事を選んで時間を使っていくこともできるし、こだわりたい仕事にはこだわればいいし、その結果ほかの仕事が詰まってしまったとしてもその責任を取るとか交渉してそれはやらなくていいようにすることもできる……とにかく、すべて自分次第なのだと不意に気づいた。ずっと踊り場にいる感覚がここ半年くらいあって、身動き取れない気がしていたけれど、どの方向に向かう階段を選ぶか、考える時が来ていて、きっとここで選んだ時間の使い方が未来を変える。そんな気がする。だからといって明日からこれまでと違う風に動けるかというと、やっぱり怖いのだけど。でも少し、私はどういう仕事をしていきたくて、どんな風に生きたくて、仕事時間と余暇の時間をそれぞれどう使うべきなのか、考えていきたいと思った。

ちょうど文フリも終わって平日夜と休みの日の時間も全部自分のために使えるようになったことだし。生活を再構築しよう。

考えたこと記録(37日目)文学フリマ東京で半分売り子

今日は文フリに行ってきて13時くらいまで売り子してきた。私の小説が載る本を手に取ってくださったみなさま、特にわざわざ来てくださったフォロワーさん、ありがとうございました。実行委員として動いていたので、装丁・レイアウトと表紙を手掛けてくださった先生方のおかげでたいへん美しい本に仕上がったことや、大好きな先生の最新作と同じ本に載れたことは非常に嬉しく、しかもいろんなことがけっこう大変だったので(イラレをめちゃくちゃ久しぶりに使いました。)やりきった感もありましたが、自作は持ち帰って読んでも恥ずかしく悔しいばかり。

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でも、ここからだ、と思った。いいきっかけをいただいたのだから、せっかくなのでなにか続けていきたい。とりあえず5月の文フリの合同誌に載せる文章づくりをがんばる。

 

(次はこちらに参加させていただきます。↓)

 

文フリの活況ぶりは昨年を遥かに超えているように感じた。大変人が多く、しかも暑かった。ダウン着て行かなくてよかった。売り子体験も面白かったけど、シフトが終わって目当てのブースを回って本を購入し、その後目についたものを手に取ってみて素敵な本に出会えたことも楽しかった。思った以上にお金を使ってしまった。「魂が貴族」最高に好き。楽しい人生さんの本、おなじ女性同士のカップルとして共感できるところも多い。

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しかし百合ジャンルが盛況ですね、昨今。百合ブースが超いっぱいあった。小説から短歌から本当にいろいろ。百合SF本も売れに売れているらしいし。

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

 
SFマガジン 2019年 02 月号

SFマガジン 2019年 02 月号

 

何冊かの本を買って読んでみると、これまでのあくまで読者としての視点と違うものが感じられて興味深かった。でもちょっとあんまり読みすぎると私は自縄自縛してしまいがちなので適度にしよう、と思った。もう上手い人の文章とか読むと、大好きという気持ちと嫉妬の気持ちがないまぜになっていいようのないへんな気分になる。帰宅してお風呂でももえちゃんのジェラシーストームを歌った。(前にパートナーの推しが歌ってたのを一緒に観てからよくふざけて歌っている。)

 

人ってなんでこんなに、表現を欲するんだろう。

 

超素敵なエッセイとか、あんまり湿っぽくなくてかっこいいビアン小説とか書けるようになりたい。

考えたこと記録(36日目)身につけたい習慣

近頃身につけたい習慣がある。……いや、近頃ではないな。大人になってから、つまり、二十代後半くらいからずっと少し習慣ができては挫折し、また習慣づくりを始め、とやり続けていることがある。

  • 手帳を毎日5分でいいから朝晩見返すこと。
  • ブログを書くこと。
  • 日記を書くこと。
  • 本を読むこと。それも、できれば小説と仕事関係の本をバランスよく。
  • 新聞もできれば毎日、むずかしければ週3日くらいでまとめて読みたい。
  • 創作活動をすること。

こうして書き出してみると全部読み書きに関することだった。よほど私は読むことと書くことに執着しているらしい。

資格試験の勉強を諦めたし残業のほぼない会社に転職したので時間は以前に比べてだいぶある。だから時間的な問題でできないわけではないのだ。

ただ、少し前から、もうあんまりがんばらないで好きなことをてきとーにやって好きなように生きようと思って、できた時間に何かを詰め込むことはせず(と言いながら一個プライベートプロジェクトは入れてたんだけど。そして結構大変だったんだけど。)、めちゃめちゃダラダラした。そして毎日いっぱい寝ている。平日でも7時間とか8時間とか寝ている。

その生活を続けてもいいんだけど、そろそろ少し飽きてきた。「仕事でこういうことを頑張りたい」「こういうことを学びたい」「プライベートではこういうことをやりたい」という意欲が少しずつ出てきているので、せっかくだから少しずつ習慣を取り戻していきたい。

でも、一度崩れてしまった習慣を戻すのって、大変だよね……。例えば手帳を書く習慣って多分前職で気持ちのバランスを崩すようになったのをきっかけにして、ガッタガタになっている。手帳を書かなくても別に生きていけるし案外仕事に支障もないんだけど、全部が頭の中に入っている状態で仕事しているので、多分効率は結構落ちている。そして考えたことや感じたことを紙に落とさないと感情が上滑りする気がする。今までみたいに書くことに縋って、何か日記や手帳やブログに書き連ねていないと爆発しそうということはなくなったんだけど。でも、精神衛生上、よくない。

多分手帳が全ての基本で、読む時間も書く時間もスケジュールに組み込んでしまえばいいと思う。でも、朝と帰宅後、手帳を鞄から出して、ジッパーを開けて(今ほぼ日カズンのジッパーズ使っているので)、今日のページを出す、という、たったそれだけのことがうまくできない。帰宅したらとりあえず手帳を鞄から出したらいいのかな。そのためにはちょっと今汚い机周辺をきれいにする必要がある。

ところで、つい最近実家に久しぶりに帰ったのだけど、かなりきれいに家が整えられていてびっくりした。いや、もちろんテーブルの上の一部は荒れていたんだけど。二つあるテーブルのうち一つのテーブルにはリモコンとティッシュ箱以外何も乗っていなくて、テーブルとはこうあるべきだよなあと思った。多分私が今実家にいないのできれいをキープできているんだと思う。だって今、私とキツネさんが暮らす家のリビングのテーブルには大体本と文房具が積んであって、本を積んじゃうのは私が実家にいた時からの習慣だった。

そう思うとまずは片付けの習慣から身に付けたほうがいいのか。考えだすとキリがないしだんだん億劫になってくる。こんな文章を書いている暇があったら机を片付けろということかもしれない。でもさ、久しぶりにブログちゃんとまた書こうって思ったのも一個理由があって、仕事関係で文章を書くことが最近あったんだけど、ブログ毎日書いていたせいかちょっとくらいは相対的に文章力があるように見えて、自分の中でちょっとほっとしたのですよ。こんな愚にもつかない文章でもちょこちょこ書いていて、なるべく少しでも向上しようと思ってやってるとちょっとは違うんだなーって。我事ながら関心した。なので結論は、もうなんでもいいから思いついたことから、時間を見つけてやっていこう、ということかも。がんばろ。

「#ついに山木と石田がイベントするってよ」(1部)に行ったら推しが尊すぎて死にそうになった

あのね、私ね、リアルなあゆみちゃんに会いに行くの、ほぼ半年ぶりだったんですよ。ここしばらく死にたくなって、転職して、お給料減って、精神にもお財布にも負担をかけないように慎ましく暮らしてきたので。

 

結果、死にました。帰宅してから倒れ込んでしばらく起き上がれなかったし、なんなら帰り道もちょいちょい立ち止まって蹲っては苦しさをなんとかしていた。きっと私、怪しい人か体調悪い人に見えてた。推しがさ、尊すぎるとさ、もはや苦しくなるんだね……しんど……。

 

何が私をそうまで追い込んだのか、書いてみたい。まずは内容について。

  • 最初、あゆみちゃんとりさちゃんが、テーブルに座ってつらつらとお話ししている導入部分。かーわいいんだよ、これが。あゆみちゃん、りさちゃんと二人だと素っぽい雑さを感じるんだけど変な気張りとかなくってでもちょっと優しい感じになって、あ、等身大のあゆみちゃんといつも通り安定の山木さんだあ……ってなってちょっと泣きそうになる。
  • 話している内容もやばい。ベタ惚れやんかお互い、みたいな内容だった。嫌いじゃないけど好きなものを食べた時の反応が同じで「このあん肝は石田さんに食べられた方が幸せだと思う」みたいな言い方をしたりさちゃんに対して、私と同じ言い方!!!!ってテンションがあがっちゃったあゆみちゃんの話とか。え、蜜月????そういうときあるよね、付き合いたてのお互いを知れば知るほど共通点が見つかって好きになっていくフェーズ、的な。もうずっとそんな感じでいてくれ。お幸せに。
  • お互いの履歴書を書いてみるという企画。もう会話がすべて惚気。すっごい後輩ちゃんたちに愛があるのに本人たちにはそれを出さないあゆみちゃん最高好き。
  • 謎解きゲームをする二人。あゆみちゃんのおたくである私は途中でくまちゃんが箱から出てきた時のあゆみちゃんのちょっと赤ちゃんに話しかけるみたいな話し方になっちゃったところを見逃さなかった。紺のドレスにさ、白っぽいテディベアを小脇に抱えたあゆみちゃんの可愛さ……ちょっと言葉を失うレベルに可愛い。テディを箱に戻す時も、ちゃんと可愛く見えるように箱から手を出したりして整えてあげてたのもさ…………尊いという言葉しか出てこない………。
  • ライブコーナーははもう全部が素敵でやばくて私が死亡した原因になったものです、はい。本当に。致死量の素敵さ。「彼と一緒にお店がしたい!」を歌った時のぶりっぶりのあゆみちゃん、「シャボン玉」の時の激しくて狂おしいダンスのあゆみちゃん、そして出だしの歌い方がアツすぎて最高なりさちゃん。その最初の二曲だけでテンション爆上がり。愛する人ーはお嬢だけー!ってやれたのも楽しかった。セリフ部分りさちゃんバージョン良かったー。
  • 「HEY!真昼の蜃気楼」と「It's You」ではあゆみちゃんのダンスが艶やかで素敵でかっこよくて、頑張ってペンライトは振ったけど胸が苦しくて苦しくて、どうしようもなかった。特に「It's You」はりさちゃんがガッツリ歌ってあゆみちゃんがガッツリ踊るという構成だったから、お互いのいいところが引き立って、最高だった。二人組ユニットとして活動してほしいって本気で思った。ていうかあゆみちゃんさ、スカート使いがうますぎる上に背中で語りすぎじゃない?こっちに背をむけてリズムとってちょっと踊ってるだけでも最高すぎてしんどかった。目に焼き付けて帰ってきた。なんで、立ってるだけ、リズムとってるだけ、ちょっと体動かしてるだけでも、かっこいいんだろう。もはや泣けてくる。
  • 「明日を作るのは君」はお互いに対するメッセージっていう感じのステージングになっていてきゅんきゅんした。
  • ベリ曲「世の中薔薇色」やってくれたのも超嬉しかったなあ。めちゃめちゃコールした。

 

なんかさ、ベリ曲やってくれたから、ベリのコンサート行ってた頃を思い出してちょっと懐かしくなったりしながらコールしてたけどさ、両隣の人と比べて自分の愛の重さを感じてしまってうわあってなった。だってさ、片方の隣の人はめっちゃ楽しそうにペンライトノリノリで振ってコールして笑って、って感じだったし、もう片方の隣の人はまだファン歴があさそうな感じで所在なさげにペンライト振ってたけど、私はというと慣れた曲はそりゃあペンライト振るしコールもするけど、もうあゆみちゃんが好きすぎて、苦しくなっちゃって、あゆみ色とりさ色のペンライト片手に持ってもう片方の手で口を覆っていないと立っていられないくらいの気持ちで、楽しむっていうよりもう殉教者みたいな気持ちで、あ、私相当気持ち悪いし相当重いな、って思ったのよ。帰ってからずっとパートナーにイベントの話をしながら、「こんなに好きになった推しって初めてじゃない?」って言われて、そうかも、ってなった。ちなみにFSKを買わなかったことを後悔しながら家路について、帰宅後にプレモニの抽選二枚申し込んだしあゆみちゃんのBDイベントまだかなーって見てしまったしあゆみちゃん写真集の予約もしたし買ってなかったハロコンのDVDも買った。やばい。気が触れている。FSKを買わずに節約した分も、夏から秋にかけてなるべく散財しないように頑張って徐々に財政健全化してきて浪費しなくなったという努力もどこかに行ってしまった。

 

だってさ、こんな重たくて汚い気持ち、あゆみちゃんに背負わせていいとは思わないけど、あゆみちゃんはいつも頑張っていて、努力していて、どこまでも得意なダンスを突き詰めてどこまでも上手くなっていく。その姿を見ていると駄目駄目でだらしない私もどこかで努力しなきゃ、がんばらなきゃって思うし、生きていこうって思える。(でも今日は正直言って色々吸い取られた気持ちでもある。でも推しに生命力を吸い取られるなら本望っていうか、人間どうしてもバランスを取るものなので吸い取られた分どこかで多分栄養補給をするんだと思う、きっと。美味しいご飯とか、マッサージとか、ぼんやりするとか、よく眠るとか。そうしていつの間にかまた元気になる。そんな予感がする。)だから、多少の散財は、しょうがないっていうか。あとでそのツケを払うことにはなるけどどうせ苦しむのは自分だし。言い訳かもしれないけど。

 

りさちゃんが卒業してしまう。それは本当に寂しいしもったいないなって思うけど、あゆみちゃんだって、そう遠くない将来に卒業してしまう、きっと。だからさ、それまでは真剣に追いかけたい。カンガちゃんが活動を停止してしまう前に、結局コンサート行けなくて、ラスコンもチケット落選して、すごく後悔している。それと全く同じようなことが、これだけ苦しいくらい好きなあゆみちゃんにも起こるかもしれない。だから、今のうちに見られるだけ見ておきたいんだ。ちなみに冬のハロコンは4公演入ります。

 

ねえあゆりさ本当にすごくすごく素敵な二人だって思うから、山木さん一回芸能界引退しても、戻ってきていいんだよ。戻ってきてよ。あゆみちゃんが卒業する頃にさ。それでさ、二人で歌とダンスのユニットやろうよ。お願い。夢だけ見て、勝手に待ってるね。

 

そんなわけで久しぶりに摂取したあゆみちゃんが強烈すぎて死にそうです。今日は深く眠れそうだ。おやすみなさい。

 

 

考えたこと記録(35日目)ハロプロと創作活動のこと

海外に逃亡していて帰国しました。1ヶ月ぶりですね。お久しぶりです、スイです。嘘だけど。

 

この1ヶ月でカントリーガールズが活動休止することになったりこぶしファクトリーのアルバムを買ってそればっかり聞いていたりいろいろなことがあったんですけど、とりあえず来週末のあゆりさイベントのチケットは確保したのでそこにはいきたいと思っているのです。チケットの申込をしたときはまさかこんなことになると思っていなくて、チケットが取れることを祈りました。なんとかかんとか、一枚確保。まさか、今年初めて行くことにしたカウントダウンにも、冬コンにも、カンガちゃんが出ないなんて……そしてちぃちゃん以外の3人がもうハロプロでは見られなくなってしまうなんて……。いずれ来ることとはわかっていたのだけれど、「現場に行く」をいろんなり理由をつけて先延ばしにしているとこういうことが起こるから、本当は推しじゃなくても、現場には行ける限り行った方がいいと改めて思った。

 

本当は今年、夏から秋にかけてぜんぜん現場入れてなかったので、ヲタ卒、とまではいかなくても、少しおたく活動をセーブして別のことに時間を使ったりして、ほどよい距離感で穏やかな生活が送れるかなと思ってた。実際まあまあ穏やかだった。でもやっぱりあゆみちゃんに会いたくてしかたなかったし、なんでチケット取らなかったんだろうと後悔したし、最終的につばきちゃんにもこぶしちゃんにもハマってもう完全にハロプロDDじゃんという感じになってしまったし、夏コンでカントリーをリアルには見られなかったことを後悔したので、やっぱり適度に、ヲタ活は続けていきます。というかもう、ハロコン+個別現場は必須とすら思っています。あとは資金面なんだけどこれがどーにもこーにもあと1年は改善される見込みがなくって苦しみ。

 

閑話休題。

 

今度文フリに文章を出すのだけどその文章を先生にいちばん最初に見てもらった時にね、あなたの竹を割ったような率直な性格が出ている、と言われたの。ブログを書く上では多分「わかりやすい」という評価につながるし、私のそういう性格を好いてくれているフォロワーさんもいっぱいいるんだけど、小説作品としては、いいことではないと思う。つまり、予想できてしまうものや一直線なものって面白くない。だから、改善したいと思った。そういうわけでいろいろ試行錯誤しているんだけどこれがまた難しくってすぐに逃げたくなってしまう。多分、思考の癖とかって一朝一夕には変わるものではなくて、まずは、第一歩、一つ、自分で納得がいって面白いと思えるものを書けるようになるといいなと思ってはいるんだけど……そもそも、小説を作ってみるということに時間をたくさんかけるのって、どうなのか。たとえばハロプロを追いかけることや、仕事関係の勉強や、その他もろもろ、やるべきことがあるんじゃないのか。

 

最初は中学生の時だったんですよ。小説めいたものを書き始めたのは。本当にいちばんのはじめては、学校の教科書に載っている小説の続きを書いてみよう、という作文で、それが下手に入選などしちゃって褒められたりもしたものだから、ついつい二次創作をはじめ、ついつい文芸部に入り、ついつい社会人になってもまだ創作をすることにしがみついている。才能なんてないし多分今も教室の中で一番下手くそだった。それでも、そこにしがみつく意味ってなんなんだろう。これを続けたからって、仕事の勉強なんかと違って稼げるようになるってわけでもないのに。

 

……やっぱりでも、「消費するだけ」じゃどこか満たされないし中学生の時にやってみたいと思った心の火が消えない。消費して、感想を書いて、それだけじゃ満たされなくって、下手くそでも自分でもなにか作り出してみたいってどうしても思ってしまう。先生が「創作を志向することは恥ずかしいことじゃない」って言ってくれて、すごく救われた気がした。

 

なんとか、逃げないようにする方法はないものだろうか。とりあえず毎日、パソコン開いてみる? 使っていないnoteでなにかやってみる? 

 

ともあれ、良かったのは、転職後かなり自分の時間がとれるようになってきたこと、そして転職してから半年くらいの間にあいた時間をつかって回復することに専念できたので、随分元気になってなにかやろうという気が起こってきたこと。これからなにかやろうと思った時に、時間があるというのはきっといいことだと思う。無理はしないと決めたのでもうちょっとぐずぐずしてみるけど、何かしら動き始められたらいいなあ。

考えたこと記録(34日目)黄色信号

疲れすぎると言葉が出てこなくなるし吸収できなくなる。今日はなんとか絞り出している。

 

先週から私の中でずっと黄色信号が点滅している。まずいなと思ったので夜の間は仕事用の携帯を見ずなるべく残業もしていない。それでも足りなそうだったので金曜日にお休みを取ることにした。

 

このままいくと、またいつものパターンにはまってしまう。早めに回復しておかないと。

 

いろんなものが嫉ましくて羨ましい。自分の体力のなさや継続力のなさや、そういう全てが嫌に思えてくる。ここしばらく体がだるくて少しのことで疲れてしまって。決めて、やりきるというパワーが出ない。自分を褒めるのもハードルが高い。日記を書こうとペンを握ったけれど三行書いてすぐ倒れ込んでしまった。

 

体が鋼鉄製だったらいいのに。ままならない。

 

「妬ましいー!」と唐突に叫んでみたらキツネさんが笑ってくれた。ハマったらしく、もう一回言うように所望された。彼女がそんなふうなのでほんとうに助かっている。私はちょっと彼女に甘えすぎだと思う。

 

とりあえず、なんやかんや、疲れているんだと思うので寝ます。おやすみなさい。また明日。

考えたこと記録(33日目)秋らしい日

今日は朝方に雨が降ったせいか、涼しく秋らしい日だった。昼間、少しだけ家を出て買い物に行ったら、空が薄い色をしていてとても綺麗だった。

 

ホルモンバランスが崩れているらしく、ここ数日落ち込みが激しい。今日は特別に激しくて、ちょっとした失敗で涙が出てきたり、とうとう買った歌合戦のDVDを観ながらハロメンが尊すぎて泣いたりした。最終的には貧血なのか立ち上がるたびに立ちくらみがしてなにかしようとすることを諦めた。夜ご飯に食べたイワシの刺身で鉄分が補われたらしい。夜になってからやっと動けるようになった。本を読んだり、今度参加する同人誌関係の作業をしたり、このブログを書いたりできている。

 

三時間。たったの三時間だ。活動できたのは。せっかくの秋っぽい綺麗な日だったのにな。勿体無かった。

 

昔は春が好きだったし、夏はテンションが上がった。でも、近頃変わってきて、秋のほうが好きかもしれない。春のやわらかい空気より、秋の、冬に向けて研ぎ澄まされてゆく、すっきりした空気が好き。

 

……はあ、しかし、明日からまた仕事をしなければならない。先週から少し体調も変だし、金曜日にでもまだ残っている夏休み1日分を使って休もうかな。いやでも、あんまり調子よくないなら明日の午後もう休みとってしまうべきかなー。社内会議なんてなんとでもなるし。うーんうーん。

 

 

考えたこと記録(32日目)私は活動家を嘲る人が大嫌いだ

活動家を嘲り、貶め、馬鹿なことをやっているという風潮は昔からある。そうやって自分自身は安全圏にいながら賢いふりをする人が許せない。私の大好きだったパフォーマンス集団THE CONVOYの属する事務所の社長であり、彼らのパフォーマンスを事務長的な立場で支えている人が、そういった発言をした。それを見て以来、私は彼のやっている公式ツイッターのフォローを外し、年末にすでにチケットを取ってしまっているもの以外はもう彼らの舞台を見に行かないことに決めた。

 何が問題だと感じたのか、一つずつ考えてみたい。

 

少女の「表情」にフォーカスすること

彼は文章の中でこんなことを言っている。

国連で16才の女の子に罵倒される偉い人たちがいた。怖い顔で話す少女の顔が印象的で、途中で大人が書いた原稿だと思った。

いくつも問題がある文章だけれど一番癇に障るのは「怖い顔で話す少女」の部分。これっていわゆる「トーンポリシング」ですよね。つまり、論点ずらし。彼女の訴える内容についてより、「話し方」の方を問題にし、ネガティブな印象を与えている。

www.sbbit.jp

だいたい「怖い」ってなんだよ。そりゃあ自分が真剣に考えていることを真剣に訴えたいときは誰だって怖い顔になるだろ。自分が嫌だったことや怒っていることについて真剣に話しているときに「あ〜こっわ〜〜なに怒ってんの?」って一歩引いたところから馬鹿にしてくるやつって、小学生の頃からいたよな、と思う。そして今もセクハラや痴漢被害を訴える人や、フェミニストと名乗って発言している人に対してそんな風に言ってくる人、たくさんいた。怒っていることを怒ったように表現することの何が悪い。冷静に言ったって、スルーされるじゃないか。彼女は全身を使って自分の主張を表現しているだけだ。それの何が悪いのか。

そういう人たちって、「怒っていること」の内容自体には直面しようとしない。こちらが怒っていると言うこと自体を「かっこわるいこと」として馬鹿にしてきたり、怒られたと言う事実自体にナイーブにも傷ついてみたり。彼女に怖い表情をさせているものはなんなのか、深く考えてみようとしない。とてもずるいことだと思う。考えたくないから、不都合な真実に直面したくないから、そうやって自分は俯瞰して物事を見られていますーっていうポーズをしているのだ。

余談だが、もしグレタさんが若い男性だったらどうだっただろうとどうしても考えてしまう。彼女が男性で、力強く、時に涙さえしながら、同じことを訴えたら「若いのによく考えている、すごい」と彼は評価したのではないか。いや、違うか。「活動家」がお嫌いみたいだから、どっちにしてもネガティブな評価をしていたのかも。どちらにしても腹が立つ。

 

「途中で大人が書いた原稿だと思った」の問題点

先ほど引用した部分のうち後半の「大人が書いた原稿だと思った」の部分も許せない。ユニセフの「子どもの権利条約」でこんな項目がある。

・子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)

子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します。

子どもが意見を表明し、それを真剣に受け取られることが国際的にも保証されているのだ。

しかし、彼は「大人の書いた原稿だと思った」と言うことで、彼女が自分で考えて意見を発していないと断じている。なぜそう思ったのだろう。ソースは?ツイッターでみんながそう言っているから?そんなものはソースではない。少し調べただけでもグレタさんがずっと一貫して同じことを言っていることはすぐにわかるはずだ。そういう発言をすることは、16歳の彼女が、わざわざヨットで2週間もかけてアメリカに渡り、国連で発言した、その行動すべてを冒涜するものだ。それは、大人がやるべきことだろうか。大人がやるべきことは、彼女の言っていることを受けとめ、真剣に考えることではないのだろうか。

多くの陰謀論者が彼女は活動家に操られているのだと言う。私はそうではないと思っているが、もし、万が一、そういうことがあったとして、環境に関する考えを聞かされて行動し発言している彼女の行動がなぜ否定されなければならないのだろう?彼女は、国連に招待されるほどの素晴らしい行動を自ら実践し、世界を変えていると言うのに。茶の間でブツブツ言っているおっさんが、環境保全のために何も行動していない一方で彼女は少しでも気候変動を止めようと人に広く訴えている。それは素晴らしいことではないか。洗脳やそれに準じる手段が使われているならもちろんそれは止めなければならない。だが、彼女自身もそれを否定しているし、百歩譲って「意見を聞かされて」「大人が書いている原稿を読んでいる」としても、彼女は彼女の意思で、それを読むことを決めたのだ。

 

気候変動についての意見

そして、気候変動についての意見も「見ないふりをしている大人」とグレタさんが言っている大人像と全く同じであるのに、恥ずかしげもなくそれを披露している。開き直っているのだろうか。それとも、彼女のスピーチをきちんと読んでいないのだろうか。

温暖化は君も含めて世界中の人間の生活レベルを下げたら可能なはずだが、知ってて出来ないのが、これまた人間の不思議なのだ

まず、グレタさんが「生活レベルを下げる」ことをやっていないとなぜ判断できるのだろう。彼女はより二酸化炭素排出量が多い移動手段である飛行機を利用することをやめて船でニューヨークへと渡ったのに、日常生活ではそうではないと思っているのだろうか。

私は環境問題には関心が低い方だった。だが、最近詳しい人との出会いの中で、例えば肉を食べる日を週に1日から2日減らすだけでも二酸化炭素を減らすことに貢献できることを知った。わかりやすいイメージを伝えてくれる記事がこちら。

www.hopeforanimals.org

つまり、食肉となる動物を放牧し、その餌となる大豆などを生産するために日々森林が伐採され、一方で食肉として動物を育て、加工し、廃棄されるまでの過程で二酸化炭素の排出が拡大しているということだ。

一人一人が行動をすることは、決して難しいことではない。それを彼は「知っててできない」という。その怠慢を、世間にさらして悪びれない。恥ずかしくないのだろうか。面の皮が厚いというのはまさにこういうことだ。子どもが環境についての発言をすると否定するくせに、子ども世代のためにできることをしようとしないのはなぜなのか。「めんどくさいことはやりたくない」って言っているのと同じだ。最高にかっこわるい。

 

「もう観ない」と決めた理由

彼はあくまで「社長」の立場であり、THE CONVOY SHOWの作・演出には関わっていない。だから「社長の発言が許せないからってもう観ないっていうのはどうなのか」と自問自答した。作品に罪はない、作・演出の今村ねずみさんの思想とは別物なのではないかと。だが、彼は、「ツイッターを使ってCONVOYの広報をする」立場であり、会報などの文章も書いている。ツイッターの名前も「オヤジコンボイ+1」である。この「+1」は社長自身のことを表している。つまり、彼が発言する内容も含めて「THE CONVOY SHOW」なのだ。彼の個人的なツイッターで言っている内容ならばまだ許せた。でも、コンボイの公式アカウントでのつぶやきなのだ。そういうことを呟く公式全体を、そのまま、コンボイとして受け取ってほしいというメッセージなんだろうと思う。だったら私は、コンボイを見るのをやめる。政治的な意見があわない人たちの作る物を無理して見ようとは思わない。

しかしまあ、こんな考えの人がよくもまあ、「おっさんと若者のコラボレーション」とか言って「次世代を育てる」みたいなことを恥ずかしげもなくやれるもんだ。若い役者に肉奢って足りないところは指導する。それはそれで大事なことだと思う。どうして同じことであるはずの、次世代を担う存在であるグレタさんを素直に応援するということができないんだろう?自分が行動できないとしても、邪魔するのはやめてほしい。

 

LGBTsに関する活動でも、フェミニストについてもそうだけど、活動家を邪魔してくる人とか、活動家にネガティブなイメージを持つ人ってなんなんだろう。たとえばフェミニストが活動することによって、女性が救われると共に男性だって「男は○○しなければならない」(稼がなければならない、強くなければならない、感情を出してはならないなど)というしがらみから解き放たれているというのに。活動家が声を大きくして活動してくれているからよくなった世の中にただで乗っかっているくせに。なんで無邪気に邪魔をしてくるんだろう。本当に最悪だし大嫌い。

 

よく人は、ポリコレ棒だのなんだのと囃し立てる。だが私は言いたい。「時代についてこられないおっさんはすっこんでろ」と。「そうやって時代についていけてないことをアピールすることはあなたたちのビジネスに肯定的には働かない。お客さん、失ってるよ」と。そして活動家を応援するし、活動家を否定する人のビジネスからは降りる。それが私のポリシーだ。

考えたこと記録(31日目)本をたくさん買った

私の好きだったパフォーマンス集団のトップの発言で正直怒り狂ってるんだけど、その話は書ききれなかったのでとりあえず置いておく。明日には書く。

 

今日は本をたくさん買いました。

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お前『三体』と『フィフティーピープル』読みさしにして放っておいてる癖にと言わないで!すみませんすみません!最近韓国文学が流行りだしフェミニズム的な意味でも大変感心があるので上の二冊を買いました。ついでに下の二冊も。ちなみにフェミニズム的な意味でも、というところでは他にもこの三冊が読みたいです。

お砂糖とスパイスと爆発的な何か?不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門

お砂糖とスパイスと爆発的な何か?不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門

 
ウーマン・イン・バトル: 自由・平等・シスターフッド!

ウーマン・イン・バトル: 自由・平等・シスターフッド!

  • 作者: マルタブレーン,イェニーヨルダル,Marta Breen,Jenny Jordahl,枇谷玲子
  • 出版社/メーカー: 合同出版
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 単行本
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三つ編み

三つ編み

 

最近、フェミニズム的な動きが若い人も含めて広まってきたし、フェミニズムに関心のある女性も増えてきている気がする。私は大学生のころ上野千鶴子さんとか信田さよ子さんとか小倉千佳子さんとかウーマンリブの田中美津さんとか、その辺の人の本を読み漁りまくって、それでなんとなくフェミニズム的なものを理解し、大人になって色々Twitterやら人との会話やらの中で徐々に自分の言葉として語れるようになりつつある気がする。でも、それはその当時の出版物を読んでの話であって、最近のフェミニストがどんなことを話しているのかとても興味がある。あの頃から比べたら格段に、フェミニズムについて平易な言葉で、いろんな人が、いろんな角度で、話し始めているように思う。それを摂取してみたい。

もしかしたらそれはTwitter界隈のことであって、現実世界ではそんな動きはもう少し薄まるのかもしれないけれど。心強いことだと思う。

 

今日はこんなところかな。おやすみなさい。

考えたこと記録(30日目)1か月続いた

考えたこと記録と銘打って雑記記事と思考記録を書き始めてから30日が経った。もう1記事間に普通の記事を交えているのでこれでぴったり1か月続けられたことになる。正確にいうと、何日か飛ばした日あるんだけど。

 

 

1日目の記事を読み返した。

もともと、ブログのテイストが最初に予定していたものに合わなくなったので、何かしら変えようと思って始めたことが書いてあった。

 

このテイストを面白いって言ってくれる人もいる一方で、正直言ってPVは減った。最盛期の3分の1くらい。たくさんPVがあった頃は人に勧めたいものがたくさんあって、布教のために書いていた。あとは舞台って刺激か大変強いものなので書き出して一回噛み砕いて消化する必要があった。でも、それって、元のコンテンツの力を借りて出していたPVなんだよなあ。今の目的はたくさんの人に見てもらうことではなくて、思考の記録と文章筋トレなので、PVがサボってた時期に減ったまま増えないことは、あんまり気にならない。

 

きっとあとで読み返して楽しくなると思う。私はわりと内省的な人間なので定期的にがっつり振り返りをやりたくなる。起こっていた事実とその時感じていたことを分けて、この時こうだったよなって自分の中で解釈する。きっとそれに役立つだろう。

 

今日フォロワーさんにぶしつけな質問を投げかけて少し構っていただいたんだけど(本当にありがとうございます!)、その会話からも、やっぱり、好きなことならば続けられるし、私はなにかしら書くことが嫌いではない…いや、好きなんだなと思ったのです。好きなものは習慣にしやすいし自然に続けられる、ということかなと。

ブログ毎日書いていると、こんな雑記でも短くて15分、長くて1時間かかる。そして「なんか書いてる」ということに満足してしまって他のことができないのは、よくないと思っている。もともと痩せたいと思って筋トレを始めたけれど筋トレ自体に夢中になってやがてプロテインにひたすら詳しい人になっちゃう、痩せてる…っていうかかえってゴツくなってる、みたいな。でも、多分それでも基礎体力は上がるし体が軽くなるしできることが増えるかも?と今は信じたい。とりあえず1日目のブログに書いた、知的体力は少しずつ戻ってきている気がする。先週は本を三冊くらい読めたもん。

 

本来書きたいものとか、書かなきゃいけないものとかに集中できるように、徐々になっていけたらいいな…。あ、私無謀にも11月の文フリのあとの春の文フリも全然違うところで文章書くことになりまして。自分で自分を追い込まないとやらないなと思ったので。頑張ります。ちょっとずつ。ブログ以外の自分で書いたものもう読み返したくない病もなんとか直したいな…。