七転び八起き

ハロプロと観劇と、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活のこと。

ソロフェス!で推しの石田亜佑美さんが最高すぎた

ずっとうわごとのように「あゆみちゃん……天才……」「あゆみちゃん……最高……」と呟き続けているのは、ソロフェス!というテレビ番組での石田亜佑美さんのソロパフォーマンスがあまりに素晴らしかったからです。しかもそれが、推してるが故に贔屓目に見ているであろう私だけでなく、他の人にもそう見えていて、ハロメンによる投票で2位を獲得した。幸せしかない。幸せすぎてむしろつらい。

 

www.tv-asahi.co.jp

 

 天才と呟いているが彼女は天才ではない。「努力の天才」だ。

私は今回本当に感動したのだけど、彼女はずっと、それこそ加入した時からダンスメンと言われていて、ただでさえうまいはずのダンスパフォーマンスも加入してからの約9年間、毎年それを進化させ続けている。それを敢えて封印することだって勇気が必要だっただろうに、「1曲の中で1人2役をしながら物語をつくりあげる」ということにチャレンジして、成功させた。

ただ演技を取り入れたっていうだけだって、すごい。でも、曲を元に物語をつくりあげて、本来その曲にはないセリフを入れて、曲を女性役、男性役に割り振って、2人分の椅子を置いて役の変わり目を表現して……その上、去り際、イヤリングを外して、少し目線を残しながら去る。そういう演出全部をやってのけた。それを見て私は「天才」って思った。

でも、その「天才」と思えるような才能を掴み取ったのって、彼女がチャレンジし続けてきたからで。チャレンジの連続の中から、ひとつひとつ、掴み取ってきたからで。もう、ほんと、泣けてくる。大好き。なんでそんなふうに、いつもいつも努力し続けられるんだろう。

ダンスがうまくて、本当にハロプロの中で誰にも負けないくらいで、それで満足してしまったって、当然なのに。苦手だった歌も、キャリアの中でなんとか他の子たちと遜色ないくらいまでにうまくなって。舞台をこなすなかで演技が好きだって思ったから、それをバースデーイベントに取り入れてみて。成功して。それで足掛かりを得たから、今回のチャレンジに繋げられた。

才能は、待っているだけじゃ得られない。ここが自分の居場所って決めすぎずに、新しい場所に自分を投げ込み続けたからこそ、自分の才能を、自分で、開発していったのだ。本当になんていう誇れる推しなんだろう。

 

石田亜佑美版「忘れてあげる」の好きなところ

あゆみちゃんのパフォーマンスの書き起こしはこちらのツイートにおささんが詳しくまとめてくださっている。

ここからは好きなところをぽつぽつと呟いていく。

まず、世界観として、男側も女側もお互い好きだけど男側がなんらかの事情で去らないといけないっていう感じなのが好きじゃん。みんな好きに決まってる設定じゃん。私これで小説書けるマジで。そのすごく良い設定はもちろん元の歌詞には一切書いていないわけで。おそらく元歌詞の「もし僕が、もし急に…居なくなったとしたらどう思う?」からふくらませたんだろうと思うんだけどね。世界観をふくらませて、それをセリフに落とし込んでるんだよ!?!?!?副音声できいたふくちゃんのコメントによると自分でセリフ考えたんでしょう!?!?!?ほんと、どういうこと????天才????

男女の声の使い分けや、女性役の時の切なげな表情ももちろん「ハイ石田亜佑美の特技いただきましたあ!!!」って感じだし、ほんとうに憑依型っていうか、役になり切っている時は歌への苦手意識とか緊張感とか一切匂わせないのほんと最高。このあたりはひとつずつ書くと大変なので、「最高でした」の一言でまとめたい。

もうさ……ラスト付近がさ……ほんとにほんとに好きで…………。女側と男側のかけあいみたいになるのも、すれ違いと覚悟の切なさが漂ってきてもうほんとうに最高だしあゆみちゃん器用だなと思う。

最後男性役がぽんって背中を押して、女の子が押し出され、最後の歌詞「明日のために忘れてあげる」に繋がるの、すごくよい。ほんとうによい。ずっとぐじぐじしていた主人公が、すっごく好きだったけれど事情があって別れなければならない(多分納得していない)人に背中を押されて、でも、自分で決断して「明日」のほうを向く、っていうのが痛いほど伝わってくるの。

それで、あの、名シーン「イヤリング外し」ですよ。イヤリング外す時のお顔美しすぎるし、表情がほんとにほんとによくって。何かを決めたひとの顔してた。それで、イヤリングを置いて、去るんだけど、去るときにちょっと躊躇って止まって、視線をすこし残しながら去る。ひとつひとつの視線とか表情とかももうすごいいいんだけど特に思ったのは、フレーム全部使うのうますぎかっていうことですよ。舞台を、見る人の目線を、ちゃんと意識して構成できてるの、もう天才としかいいようがないし舞台への愛をとても感じる。最後のカット、カメラマンさんと打ち合わせとかしたんだろうか。その上でああいうふうに見せてるとしたらほんとうにすごい。

 

未来のこと

すごいすごい天才最高と言い続けてきたけれど、ふと思うと彼女ももう二十三歳なわけで。ふと「守らなければならない対象」「子供」のように彼女を見ていることに気づかされて恥ずかしくなる、とても。たとえば若い人だったらこのくらいの年で小説書いてデビューしたり、脚本演出して舞台やったり、ということをやっている人もいる。それと多分同じで。彼女が仕事をする中で、地道に積み重ねてきたものの集大成が、これなのだ。いつもいつも全力で頑張る人だから、そのときそのときは意識していなかったとしても、全ての瞬間が彼女の中に蓄積されて、これを作り上げたのだ。だから、「歳の割にすごい」「アイドルなのにすごい」みたいに思うのは失礼なのかもしれない、と思う。

彼女と同じように、前を向いて日々働く人として、そして、表現することに少しでも関わっている人間として、尊敬する。心から。そして、希望をもらっている。いつももらってばかりだなあ。あゆみちゃん、本当にありがとう。誇れる推しをもって私は幸せです。

明日は、彼女のバースデーイベントでの、一人芝居をDVDで見よう。

時間の使い方が変わってきた

ゲームオブスローンズを楽しく、少しずつ、見ていたはずなのだけれどいつのまにか同僚に見ている回を追い越されていた。わたしはまだシーズン2。彼女は最後のシーズンまで見終わりさらに別のものまで見ている。多分彼女はわたしよりも働いているし家事負担も大きいはずで。すごいなあと思ったりする。(単にハマりきれなかったというのもあると思う。)

 

ものごとの処理速度や、なににどのくらい時間をかけてなにをするのかって、多分人によって本当にそれぞれで。こんなわたしでも「仕事がはやい」と言われることもある。単に作業がはやいだけで雑だと自分では評価している。自分なりのそれを受け入れながら、バランスをとっていく、みたいなことができたらいいんだろうなあ。そんなことを近頃よく考えているので、アプリを入れて時間の記録をつけはじめた。1週間でもいいから、なににどのくらい時間を使っているのか見えるようにしようかなと思って。

 

なにに時間をかけるか、ということでいうと随分使う時間の優先順位が変わってきているように思う。このブログを書き始めた頃は、舞台を見ること、舞台DVDを見ること、夢中になっている俳優さんのSNSをチェックすること、ブログを書くこと、Twitterををすること……そういうことにたくさん時間を使っていた。ほぼ毎日ブログ書いてたしな。中身があるかは微妙だけど。

 

今は、少しずつでも小説を読むこと、漫画を読むこと、ノートに今考えていることを書くこと、創作することに時間を使っている。実はちゃんとした副業もはじめた。それにも時間を割いている。ハロプロは、動力源なので。メンバーブログとかたくさん上がる動画とか全部はチェックしないけど、ほどほどに追い続けている。あとは、だらだらすること。猫と遊ぶこと。ちゃんとだらだらする時間を認めてあげないとだめだねぇ、と精神が落ち着いているときには思う。時々追い詰められた気持ちになるけれど。

 

仕事がフルタイムに戻って疲れてはいるんだけど、今の時間の使い方にはおおむね、満足している。でもそうすると、SNSやる時間、ブログ書く時間、興味の薄いものでもニュースをちゃんと追う時間、仕事のための勉強をする時間、そういうのが削られていく。いかんなあ、と思う。でも、いま、すごく楽。

 

いつも「これでいいんだろうか」と思いながら「これじゃだめだ」と時々落ち込みながら、やっていくのはわたしらしいんじゃないかと思う。二十代のころに比べたら自分を追い込まなくなってきたことや、義務感からやっていることを(いやそれは絶対的にやったほうがいいに決まってるんだけど)「まあいっか」と諦められることは、よかったと思っている。

 

昔の上司に知られたら蔑まれるだろうな。彼は、二十代、三十代、四十代、五十代、それぞれのフェーズで成長を止めたり諦めたりした人から、成長曲線が緩やかになって脱落していくっていう思想だったから。でも今は、そればかりが正しいとは思わない。向上していくことはよいことだけれど、仕事や働くこと以外にも大切にするべきことはあるし、脱落したからって生きていけないわけじゃないし、また頑張りたくなったら頑張ればいい。成長を止めたら終わりだから常に全速力で頑張れ、みたいなのは、ワンパターンの人生しか知らない人の貧相な想像力で見た世界でしかないと今は思う。そう、想像力がなければ、世界はぺらっぺらに薄っぺらく、一様に見えてしまうんだと思う。だから、だめなひと、できるひと、超すごい人、って学歴や職歴を見たくらいで勝手にラベリングできる。

 

昔はそれが怖くて、とにかく一生懸命にがんばらなきゃ、毎年、毎月、毎週、向上していかなくちゃって思っていた。彼らに「終わったな、あいつ」って目線でみられないために頑張らなきゃって思っていた。でも、今思い返してみれば彼らは家庭を完全に犠牲にしてもそれに気づいていないタイプの人だった。そういうタイプの人に「仕事のほかに大事にしたいものってないんですか、モチベーションの源になるものって」と聞いたときに「家族とか、そういうこと?ないなあ。」と言われたときには若干の哀れみすら感じた。わたしには大切なひとや飼い猫や、頑張る原動力や、ちょっと横道に逸れてみた経験や、リアルだけではない人間関係がたくさんあるから、世界が豊かだ。お金はないけど。向上の仕方は前に進むだけじゃなくて、横に進む進み方もあるし、斜めにいくのもあるし、しばらく止まっていてからガッと進む、でもいいということが、最近わかった。

 

だからもうしばらくの間、いろいろごまかしながら、だらだらもしながら、でも行きたい方向には少しずつ近づいていけるように頑張るところは頑張りながら、やっていくつもり。今やる時間をとってないもののなかで、ブログ書くこと、はまだ少し未練があるので、もう少しこのまま続けていくし、ほかのものに対しても、やりたくなったら増やしていく、くらいで。

33歳、ゾロ目になったよ

ほぼ毎年誕生日ブログ書いてた気がする!でもまさか緊急事態宣言解除の日に、誕生日を迎えるなんて。記録しておいたら十年後に見返した時に面白いかもなと思って書いておく。

 

誕生日だけれど今年はケーキはなし。どのお店も閉まっているから。でも友人たちから、スタバのチケットなどをいただいた。キツネさんからは、長靴をもらった。おそろいで色違いののやつ。私がはまっているのを知っていて、成城石井のちょっとお高めの豆花も買ってきてくれた。

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ケーキ、どころか、3ヶ月くらい一切電車に乗らずに徒歩圏内で過ごしている。3月からフルリモート状態で働いているから、というのが大きい。いくらリモートワークのできる環境だからって、ここまでフルリモートになるとは想像もしていなかった。もともと私の所属している会社はとても働きやすい会社だったし、これから多くの会社がそうなっていってほしいと願っていたけれど、こんなに急激に多くの人が「強制リモートワーク体験」をさせられることになるとは。

 

けれど「リモートワーク」と言う言葉にも様々な状態が含まれる。元々紙もはんこも最小限だったのでスムーズに移行できた、というところもあれば、「リモートワーク」という名の自宅待機で、実質的に働けていないと言う人もいる。これを機に「元に戻って」いくのか、それとも「ハイブリッドな働き方」が進んでいくのか……。できるなら後者を増やしていくように、ほんとうにわずかな力だけど、働きかけていきたい。それは「いろんな事情を持つ人」が働けるようになるための、力になるから。本業のほうでも、少しでも知見をシェアできるように、いろんな企画を始めている。

 

作業環境に関する取材も受けたので、リモートワーク始めたての方、よかったら参考にしてみてください!

www.e-aidem.com

 

33歳になった今考えていることは、政治についてもっと知りたいということ。これまでも無感覚なほうではなかったと思う。嫌なことは嫌と言うようにしてきた。その「嫌だ」と思うセンサーに引っかかるニュースが、毎日毎日流れてくる。非常時だからこそ、人の本性や時代遅れになってしまったしくみが、あらわになっているように感じる。そういう不快で、辛くて、嫌なものを強制的に目の当たりにさせられるのはつらいし、なるべく見ないで自分の精神の健康を保とうとする人の気持ちもわかる。でも、目を閉じずにいたい。猫と暮らし始めたし家も買ったので、日本でこのさきしばらく暮らしていかなければならない。だから未来を少しでもよくするために、知りたい。

 

もう33歳だしな〜。毎年思うけれどいつの間にか大人になってしまった。特に今年は「もう大人だ!」感が強い。数年前までは「まだまだ若いし」と思っていたはずなのにな。大人としての責任は、きっちり遂行していきたい。早く選挙、来い。

 

そして趣味の面で言うと、「モーニング娘。'20も引き続き応援するけど、今年はつばきとJuiceもツアー参戦するぞ!」と思っていた矢先にコロナの流行がきてしまって、1月のハロコンから現場がない状態。この状態にも慣れてきたけれど、それで応援をやめようという気になったかというとそうでもなくて。むしろ事務所の状況が心配なので、自分のできる範囲でグッズを買ったりしている。ハロプロさん、どうにか生き残ってほしい。関わるエンタメ業界の人も、みんな。コンサート再開がいつになるかわからないけれど、じっと待つしかない。

 

こんな状況でも、いろいろやりたいことあるな〜。読みたい本もたくさんあるし。32歳の一年で「あ、そういえば私オカルト・妖怪・ホラー好きだったな」とあらためて自覚したので、そういう本もたくさん読みたい。今とても怪と幽がほしいのだけど、お給料が減ってしまったのですごく我慢している……。

 

大人にはなってしまったけれど、毎年毎年、「人生楽しいな」「随分生きやすくなってきたな」という想いを更新しているので、33歳の一年も楽しく過ごしたいです。

20200517 ああ、まただらだらと。

休むぞーとか無駄なことするぞー(してるぞー)というブログ書いたそばから、数日後には「ああまただらだらとしてしまった」と後悔する日が続いている。

 

休日としてはね、とてもいい時間の使い方なんだけど。本を読んだり文章を書いたりして、ここしばらく土日は近所のお店を買い支えたいのでいくつかのお店のテイクアウトご飯を食べることにしていて、それを買いに少し外出して。ご飯食べながらお酒飲んで昼寝して、今度は夕飯を作って食べて……いつの間にか1日が終わっている。

 

今日はずっとスマホを見て過ごしてしまったという自覚があるので尚更気分がよくない。届け物があって、郵便局さんに結構早い時間に叩き起こされたので、使おうと思ったら日中の時間を有効に使えたはずなのにな…。

 

逃げている、という自覚が、ある。いろんなものから。考えないように、向き合わないように、していることが多くて。でもそれは、いろんなものが「長期戦」になってきていて、一朝一夕にどうなるものでもなく、考えすぎると拙速に答えを出してしまいがちなのもわかっているし、前みたいに自分を追い詰めないようにするにはそれがよいということもわかっているから、なんだけど。

 

でも来週は、日曜の夜にここまで落ち込まなくてもいいように、気をつけたいことを来週の自分への手紙として書いておく。

 

  • なるべく、画面を見る時間は最小限にしよう。特にTwitterとpixivは危険だからやめよう。ちょっと退屈かもしれないけど。
  • スマホで見ると延々見ちゃうから、見るならPCで見るようにしよう。
  • そのかわりに、本を読む、手帳とかノートとか日記に何か書く、洗濯物をたたむ、部屋を片付ける、ぼんやりする、ストレッチする……そういう行動に切り替えよう。
  • 結構今もやもやの最中にいるけれど、もやついたことは全部手帳か日記に書いておこう。あとから見返したら何かの役に立つかもしれないし。(なにせこの歴史に残るような時間を生きているのだから。)
  • 「後回しにする」のはやめよう。例えば、食器を洗う、提案書をつくる、新規顧客開拓をする、とか。後回しにすればするほど気持ちが重くなる。
  • できたら、毎日8時台に起きよう。始業が10時になったからといって9時に起きる生活をしていたらなんかだめになりそうな気がする。いろんなものが。いや、よく眠れてすごく健康なんだけど…なんかもったいない気がして7時とか8時に目が覚めてもぎりぎりまで二度寝する生活よくない。
  • 少しずつでいいから、体力作りをしよう。ストレッチとか、筋トレとか。
  • 今落ち込んでる要因に多分なってて考えないようにしているいろんなこと……キャリアのこと、仕事のこと、副業のこと、文章修行のこと、ずっと心にひっかかってる資格試験のこと、もうすぐ33歳になってしまうことへの焦り……もうかなりゆっくりと休んだから、少しずつ考えられたらもっといいね。もうすぐ転職してから一年になるし。

以上!

 

今週もお疲れ様でした。おやすみなさい。

20200513 むだに思えることをする

ここしばらく一見無駄に思えるようなことばかりしている。仕事が短縮営業中なので、夕方以降の時間がいつもよりふんだんにある。ハマっているスマホゲームをやって二次創作小説をつくりキツネさんに見せて喜ぶ、とか。猫とひたすら遊ぶとか。無料公開されている漫画を読みまくるとか。とにかくゴロゴロするとか。そういうただ単に「楽しむ」ための行動ばかりしている。

 

お子さんのいらっしゃる家庭では大量の自宅教育が課されて大変だという話をそこかしこで聞く。大変なおうちがあちらこちらにあるのに、のんきなことだと自分でも思う。でも、1ヶ月前の金銭的な不安に怯えつつ、つらい気持ちだった頃に比べたら良い状態。先のことを心配しても仕方ないから、自分ができるだけ良い状態でいられることに集中したい。

 

ある人が、「こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、私はこの時間を『ギフト』だと思うようにしている」と仰っていた。確かにそうかもしれない。自分が幸運にもここまで得られてきたものーーこの状況でも仕事がなくなってはいないし、制限はあっても自宅で働けていて、快適な家もあって、猫やパートナー、健康な体、趣味。そういうものに感謝しつつ、日々忙しくしていたら取り組めなかったことーー「見直す」「楽しむ」「ゆっくりする」に取り組める時間をもらえていることを、もう少し前向きに捉えてもいいのかもしれない。

 

もちろん、苦しんでいる人、戦っている人、困っている人もたくさんいる状態で、自分にできることはするし、真剣に考えて発言・行動しないといけないことも多い。困った状況にいる人の助けになるために、もしくは、少なくとも妨げにならないために、心と体の余力を作っておくことも必要、と自分に言い聞かせている。

 

みんなどう過ごしているんだろう?Twitterのフォロワーさん、仲良くしてもらっている人たち、みんな元気かな?感染者数も減ってきているという報道もあるけれど検査数は少ないらしいし、本当に収束するのかもわからない状況。6月には緊急事態宣言が解除されるのではと言う人もいるけれど、だからといってすぐに「これまで通り」になるわけじゃない。経済も大変な状況だし。マスクだって当面は必要。コンサートも舞台も、いつになったら再開できるのかわからない。みんな少しは気を抜いて、ゆっくりする時間も取れているといいな……。

20200506 連休最終日

昨晩は夕方ごろ濃い珈琲を飲んでしまったせいと、暑さのせい、そして午前2時ごろの地震のせいで、全然眠れなかった。あまり体力を消費していないせいか、それでもいつもと同じくらいの時間には目が覚め、特にだるさなどもなく1日を過ごせている。連休最終日だけれど最終日という感じがしない。明日からもおそらく会社は短縮営業だし、2日働いたらまた土日がやってくる。まだまだ、休日の延長上にいる。

 

この連休中にゲーム・オブ・スローンズの続きをみようと思っていたのに、シーズン1を見終えたところで一息ついてしまい、そこからさらに続きを、とは思えずになんとなく連休が終わろうとしている。代わりに本はよく読んだ。

 

「むらさきのスカートの女」を読んでから気になっていた今村夏子さんの小説をもう1冊。 彼女の小説はいつも変わった人が出てくる。今回は親が新興宗教団体に入っている少女の話。外から見ると成功しているように見えるけれどすきま風のふく、うちのような家庭と、外から見ると問題があるけれど愛情に溢れているように見える主人公の家庭(しかし不穏な空気や壊れていきそうな予感はいつもあるし主人公の姉は出奔して戻らない)、どちらがいいんだろう。そんなことを考えさせられた。どのみち、生まれる家族は選べない。引き受けて生きていくしかないし、そこから出るのも安住するのもその人の選択で、幸せか不幸か、未来がどうなるのかは誰にもわからない、と感じた。この小説の後についている小川洋子さんとの対談を読んでも思ったけれど、多分読む人によって解釈や読後感が違うんだろうなと思う。今村さんの本は他にも読んでみたい。

星の子 (朝日文庫)

星の子 (朝日文庫)

  • 作者:今村夏子
  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: 文庫
 

 

 ずっと積読にしてあった、フィフティ・ピープルは読み始めてまだ途中。50人分の人生の詰まった短編小説集だけれど、登場人物に少しずつ繋がりがあったりして面白い。

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり1)

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり1)

 

 

 ジャケ買いした森茉莉のエッセイ。読んでいるとお腹がすいてくる。生活圏が多少重なっているので思い浮かぶ景色もあり、面白い。これも読み途中。

 

他にも連休中に読もうと思っていた本があるのだけれど、文章の装飾が多すぎて読み進めるのが辛くなり、結局やめてしまった。合わない本もときにはある。

 

本当は連休中に部屋を片付けたかったのだけど、机の上を少し整理したくらいで終わっている。最近は、部屋を片付けるとか、洗濯物をきちんとしまうとか、そういうことは完璧に予定通りやれなくてもいいことにしている。完璧主義がいきすぎると自分を追い詰めるから。少しは片付けができたし、あとは寝る前に明日からのオンライン会議で、背景にものが極力映り込まないように少しだけ調整したら終わりでいいや。

 

よく休み、よく読んだ連休でした。

(ちなみにゲームもいっぱいやった。ツイステッドワンダーランドにめちゃくちゃはまり、連休が始まるくらいからスタートして最新話までもう少しで追いつきそう。次のアップデートも楽しみ。)

20200503 忙しかった日、そして空白の時間

今日は忙しかった。なぜなら明日から雨の予報だから。

 

午前中にできる限りの洗濯をして干し、午後からは予定していた買い出しへ。雨が降るから明日からの三日間はあまり家から出たくないねと前もってキツネさんと相談していたのだ。複数のスーパーをまわって買い出しを済ませ、帰宅する頃にはぐったりと疲れていた。午前中、洗濯の合間に読みかけの本を読んでしまってよかった。疲れすぎてゲームくらいしかやる気が起きず、夕方からだらだらとしてしまった。多分かなり、体力が落ちている。

 

営業職なので、コロナ以前は普通に仕事と生活をしているだけでもまあまあ歩いていた。それでも体力がなくて土日に買い物にいくと1件デパートを回っただけで弱音をはいていた。コロナ後、確実に歩く歩数が減っている。スマホの歩数計を見るとほぼ半減である。そりゃあ体力も落ちる。かといって体力を戻すためにあれこれしよう、という気にもなれない。単にこのご時世で気が滅入りやすいということもあるけれど、「せっかくこの機会に」やりたいことが山ほどあるからというのもある。積読本を少しでも減らす、とか。

 

買い物をしながらキツネさんと話していたけれど、こういう長期休暇で実家に1日も帰らないのは珍しい。お互いに。その分、家でやりたいことができる貴重な機会だ。やりたいこと、には「めいっぱいだらだらする」も含まれる。さあ、明日は何をしようか。あと三日はおやすみだし、そのあと二日仕事をしたらまたおやすみだ。今日までで結構家事を頑張ったし、自由に、その時々の思いつきで、好きなことしよう。

20200502 バター

今日はほとんどずっと家にこもって本を読んでいたけれど、窓を閉めておくと部屋の中が暑いくらいだった。窓をあけておいたら、猫が通り過ぎざまにふんふんと鼻を動かして外の空気の匂いを嗅いでいた。

 

今読んでいるのはこの本。今日の午後の時間はほとんどこの本に捧げた。

 

BUTTER

BUTTER

  • 作者:柚木麻子
  • 発売日: 2017/06/30
  • メディア: Kindle版
 

 

女性やそのあり方について考えながら書かれた小説。ハロプロ好きな柚木さんだから大丈夫と、思いながら読み進めているが、読みながら少し苦しくなる。主人公はやせぎすで女っぽいタイプではない、バリキャリの雑誌記者で、「女を使って多くの男を死にいたらしめた」と目される容疑者、梶井真奈子(カジマナ)を拘置所に通い詰めながら取材していく。その最中、自分自身もカジマナに感化され、普段食べない贅沢な食事をするようになり、少し贅肉が体につき、そのことによる周囲や恋人や友人との関係の変化を感じていく。そんな、至る所に「女のあり方と周囲の目線」が書かれている小説なので、苦しくなる。だってここにある女性を取り巻く雰囲気や言説って現実のものととても近いから。私たちが普段苦しめられているもの、そのものだから。少し直接的すぎる気がして最初は苦手に感じていたけれど、最終的にこのお話がどこにいきつくのかが気になってどうしても先を読みすすめずにはいられない。

 

ddnavi.com

 

多分連休中に読み終えられると思うので、コツコツ読んでいきたい。

 

しかしこの作品は作品名にもある「バター」がたくさん出てくる。いろんな種類のバターがいろんな食べ方で。つい買い揃えてバターが美味しい食べ方をしたくなってしまう。今日はちなみにお昼ご飯は明太子パスタを作った。牛乳とバターと明太子を混ぜたところに、熱々の茹でたパスタを投入するだけの簡単なやつ。作中にも出てきたよつ葉のバターを使って少し贅沢してしまった。よつ葉のバターは高いけれど美味しい。普通のバターよりさらっとして上品な味がする。ちょっと高めのパンを買って、買ったばかりのトースターで焼いて、よつ葉のパン用バターを塗るのが好き。たまに蜂蜜もかけるけどもっとおいしくなる。

 

 

同じく作中にも出てきた、エシレのバター。よつ葉のバターですら美味しいのに、 もっとお高くて、いつも丸の内のお店では人が並んでいるという、エシレのバターだったらどうなってしまうんだろう。気になる。100g1000円でも、一度買ってみたい。

 

www.kataoka.com

 

明日の朝は、ぶどうの食パンによつ葉のバターを塗って食べよう。

20200501 初夏がやってきた

突然ですが今日から時々日記を書こうと思います。「考えたこと記録」、と題して少し前にやっていたけど、何も考えてない日が最近多いので、もう少し気軽な感じでほんとの日記を書くのは、タイトル日付+簡易タイトルのみでやっていきます。まとまった文章を書くときはタイトルちゃんとつけます。

 

今日はとても暖かくて、シャツ一枚で外出しても大丈夫だった。通り過ぎた公園には鮮やかな色合いの初夏らしい花が咲いていた。中には春の花も混じっていて、ああ、季節がちょうど変わっていくタイミングなんだなと思った。

 

午前中仕事をしていて、午後、用事を済ませに郵便局に行った。そのついでに、お気に入りの焙煎所によって今月分の珈琲を買い、近くの本屋によって本を買い、製麺所で夕飯用の麺を買った。コロナウィルスがきっかけで、という理由が半分、そうでない理由が半分なのだけれど、このところ、家の近くのちいさなお店に目が向くようになった。ちいさなお店でも、趣味がよい、おいしい、素敵なお店がたくさんある。舞台オタク、アイドルオタク生活が長くなって、良くも悪くもすっかり「買い支える」という精神が定着している。こういうときだからこそ、ちいさなお店で買い物をしたくなる。とはいえ自分の収入も減っているので、月初のまとめ買いタイミングくらいでしか貢献できないのだけど……。

 

収入が減っているといえば、私の会社などまだマシなほうで、9割のお給料は保証されている。けれどもともとお給料を妥協して入った会社なのでたったの1割が減ることすら酷くつらくて、ここしばらく気持ちが随分と滅入っていた。さらに言うと、私は仕事で成果を出すことにすごく依存していて、それを生きる糧にしているようなところがあるので、このご時世どうしても成果が出しにくくなって、それも落ち込みの要因になっていた。改めて5月になって計算してみて、収入が減ると同時に支出も減っているので、なんとかなりそうな実感がやっと掴めてきた。仕事も、環境要因で成果が出せないのは仕方ないし、成果が出せないとしてもやりきったと思える努力をしたらいいじゃん、とやっと思えてきて、少し精神が安定した。

 

でもこういうとき、とても考えてしまう。こんなことは滅多にないとはいえ、ひとつだけの収入の柱に頼っていて本当によいのか、ということを。考えているばかりではなにも起こらないので、行動も起こしていきたいのだけど。なかなか踏み出せない。やっていることが、全くないわけじゃない。でも、今起こしている行動って目先数ヶ月で何とかなる類のものではないから少し不安になる。動いていれば、動いていないより少しマシと信じてやり続けるしかない。少なくとも、このまえキツネさんから何か文章を書いている時や、将来にむけた行動をしているときは落ち込みやクサクサが少ないよね、と言われたので。できたら、そういうクサクサしてない時間を増やしていきたい。

猫を飼い始めました

諸事情により写真・名前などが出せないんですけど猫を飼い始めました。

 

うちの猫は保護猫で、成猫。なので、とても警戒心が強く、環境に慣れるのに時間がかかった。最初の数日は体を固く縮こまらせて、椅子の下なんかの暗くて静かで端っこの場所から出てこなかった。ごはんも食べなければ排泄もしない。彼があまりに緊張しているので、私たちまで食欲がなくなってしまった。

 

ごはんを食べる、おしっこをする、うんちをする、そういう普通の生活一つ一つができるようになるだけで、私たちは大喜びし、抱き合って喜んだ。

 

飼い始めて少しの時間が経ち、ようやくオモチャで遊んでくれるようになった。まだ触るのはハードルが高いけれど、逃げられる回数が減ったし、私たちと同じ部屋で少なくとも共存してくれている。

 

私は実家でも猫を飼っていたから基本的な世話の仕方なんかはわかっているつもりだ。でも、みんな子猫のうちに拾ったり貰ったりした子たちで、何にもわからないうちから育てているので、あまり警戒心がない。一番ビビリな子でも、インターフォンが鳴るだけでだーっと逃げていったりはするけれど、家族の前ではそんなこともない。

 

だからここまで警戒心が強くて、環境の変化に弱い子と暮らすことに、少し戸惑っている。でも、それもギフトだなと思ったりする。だって一つ一つの変化が飛び上がるほど嬉しい。

 

少しずつ関わって、いずれは同じ空間にいても安心して寝るようになってほしいし、ごはんをねだられたり、楽しく一緒に遊べる関係性になれたら嬉しい。

 

ちなみに猫を飼いはじめる前にこの本を読んだのだけど、面白かった。猫たちがみんな可愛くて個性的。響介さんほどの猫マスターにはなれないけれど、猫との暮らしも大事にしていきたい。

猫を飼うのをすすめない11の理由

猫を飼うのをすすめない11の理由

  • 作者:響介
  • 発売日: 2019/04/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)