七転び八起き

ハロプロと観劇と、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活のこと。

考えたこと記録(38日目)私はどこにでも行けるし丸一日家の中にいることも選べる

「明日から激寒らしいよ」と聞いて一歩くらい外に出ておけばよかったかなと少し後悔した。今日は一歩も家を出ないで仕事をしていて、昼ごろから窓の外が明るくなったことには気づいていた。それでも外に出なかったのは文章を書く仕事をしていたからだった。何か書いている時の集中力だけはなかなかのものだと自負している。周りの声、聞こえなくなるし。時間も忘れる。書いている時はお腹もすかない。

ひょんなことから文章を書く仕事を現職の中でやることになった。やっていくうちにふと気づいた。思ったより書く力と読む力が伸びていたみたいだ。こうやってブログをちまちま書いたり、副業で少しだけライターをやっていた時期があったことが、少しは活きた。そういえば私の弟はとある専門職に就いているのだけど、ある時彼が出ている記事を読んだときに、下手くそだったけれど努力と継続だけでなんとかやってきたのだと言っていた。私からすれば彼はかなりセンスがある方に見えていたし、すごく真面目にそれだけを追求しているようにも思えなかった。でも、その言葉を素直に捉えるなら、きっと私も同じなのだろう。下手でも、続けることでなんとかなっていくこともある。私と彼は、顔かたちは似ても似つかないのだけど、おそらく性格や行動の傾向はものすごく似ている。

そうして文章を書く仕事をして1日を過ごして、例えばこういうことだけをやる仕事に就いたとしたらどうだろうと夢想した。これだけを仕事にするには今は力が足りていなくて、でも、研鑽しながら金銭を得られる環境に身をおけたならば、楽しくやれるだろうと思った。でも肩がとても凝るということときっと腰を悪くするだろうということは想像に難くない。それはかなり嫌だ。そして今より稼げなくなるだろう。それはもっと嫌だ。好きでもない文章を依頼によって書かないといけないかもしれない。小説をやっと久しぶりに書き出したけれどそんなことをやっている余裕はなくなるかも。それもすごくいやだ。だから消極的選択の末、今の仕事を続けている。

でも、私はどこにでも行けるし丸一日家の中にいることも選べる、そして、私の時間をどのように使うのかも自分で選べる。もっと言えばやりたいと思って金銭的なものを求めなければ今日夢想したような仕事をやることだってきっとできる。そんなことを思った。もう大人なのだから、そして、恵まれた環境にいて「管理される」というよりは「自分で決めて自分で動く」ことを求められているのだから、自分が自分の管理者になって厳しく鞭をふるい続けることももちろんできるけれど、自分の今後歩んでいきたい方向に向かう仕事を選んで時間を使っていくこともできるし、こだわりたい仕事にはこだわればいいし、その結果ほかの仕事が詰まってしまったとしてもその責任を取るとか交渉してそれはやらなくていいようにすることもできる……とにかく、すべて自分次第なのだと不意に気づいた。ずっと踊り場にいる感覚がここ半年くらいあって、身動き取れない気がしていたけれど、どの方向に向かう階段を選ぶか、考える時が来ていて、きっとここで選んだ時間の使い方が未来を変える。そんな気がする。だからといって明日からこれまでと違う風に動けるかというと、やっぱり怖いのだけど。でも少し、私はどういう仕事をしていきたくて、どんな風に生きたくて、仕事時間と余暇の時間をそれぞれどう使うべきなのか、考えていきたいと思った。

ちょうど文フリも終わって平日夜と休みの日の時間も全部自分のために使えるようになったことだし。生活を再構築しよう。