七転び八起き

ハロプロと観劇と、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活のこと。

片付けをしていたら大量に積読本が出てきた。

今日は日中、机の上が書類だらけだったのを片付けた。そうしたら買ったものの読んでいない本の山が二つできて驚いた。全部買おうと思ったきっかけは覚えているし読みたいと思っている本なのだけれど、どれもこれも途中で放り出している。もしくは、ページすらめくっていない。

 

本がうまく読めない病に罹患してどれくらい経つだろう。全く読めないわけではない。読み終わったら大抵読書メーターに記録しているけれど、どうやら先月は2冊読んでいるらしい。

bookmeter.com

でもたったの2冊!

私が理想とする読書のペースと多分まったく合っていないのでそこにもやもやとするものを感じるのだろう。できれば2冊くらいなら1週間で読みたい。

 

小学生、いや、幼稚園くらいのころから本の虫で、もらったお小遣いはすべて本を買うことに費やし、それでも飽き足らずに図書館で本を借り、常に鞄の中に3、4冊の本が入っているような状態で日々を過ごしてきた。家でもあまりに本をずっと読んでいるので母に「もっと人とコミュニケーションをしろ」とか色々と腹立つことを言われた。最初は本を読むことを褒められていたので意味がわからなかった。多分、大学生にもなると「普通」に友達と遊んだり恋人を作ったりしてほしかったんだと思う。本の世界はわたしにとってとても大切なものだったので、母の望みには気づいていたけれど、そこから抜けるつもりはなく、実家から出るまでずっとその状態は続いた。

 

社会人になってからもしばらくの間は読んでいたと思う。でも、パワハラや長時間労働を経験する中でだんだんおかしくなっていった気がする。長時間労働をしているとそもそも本を読むような体力が残らない。メンタル不調になると、集中力が落ち、文章を読んでも頭に入ってこなくなるという。それに近い状態が何度かあった。Twitterくらいのぱっと読める文章ならまだ読める。ブログも、頑張れば。でも、それ以上のまとまった文章を読むのがどんどん難しくなって、一時、全く本を読まない期間が何ヶ月も続くこともあった。その間に私の脳味噌が、SNSやWEB上の文章に適合してしまったんだと思う。

 

今はハロプロという趣味もあるし、書くことにも時間を使っているから、「以前のように」とは思っていない。でも、もうすこしずつ、「読む」ことを取り戻していきたいと思っている。読めた数はすくなくても、読むごとに本は偉大だと感じる。まとまった文章は書き手の深い思考の軌跡を見せてくれるし、それに触れることで自分も考えるようになる。文章表現も、自分も何かしら書いている側なので、とても勉強になる。特に物語をつくることを再開するようになってからは、そうか行き詰まったらこうしたらいいのか、とか、流れってこうつくればいいんだ、とか、この表現すごいな、とか。そういう見方で小説を読むようになった。(そんなん参考にすらできないくらいものすごかったり面白かったりして、ただ読んでしまうことも結構あるけれど。)

 

小説は意識的に去年くらいから読む数を増やすように努力はしていて、仕事関係の本も、積読にしてばかりいないでちゃんと読んでいきたいと思っている。「読みたい」という気持ちだけ突っ走っていて、最近よく図書館で本も借りるのだけど結局読み切らずに返却することも多い。なんだかもったいない気がする。

 

今読んでるのはこれ。ずっと気になったまま数ヶ月積読してしまったので、そろそろ読みたい。冒頭少し読んで、とてもいい本である予感がする。フェミニズムの本は大学生の時にまとまった量読んで基礎を作ったのだけど、それ以来それほどアップデートできていなかったので、ここ数年に出た本のひとつとして、とても興味がある。

ぼそぼそ声のフェミニズム

ぼそぼそ声のフェミニズム

  • 作者:栗田 隆子
  • 出版社/メーカー: 作品社
  • 発売日: 2019/05/30
  • メディア: 単行本
 

 あと図書館に返さねばならないものがあるので、連休中に読み進めたいな。