七転び八起き

ハロプロと観劇と、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活のこと。

親と仲良くなくても楽しく生きていける。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
(ブログ久しぶりすぎて引き続き文体迷子なのは許してください。)

 

今年のお正月は、実家に帰らないお正月。数年前から、大晦日はパートナーのキツネさんと一緒に過ごしていたけれど、年初にも帰らないのは初めて。実家はおそらく近くに住んでいる弟夫婦や親戚が挨拶に来ていて忙しいのだろうけれど、お餅を送ってもらったお礼で連絡しても返事なし。私がいなければいないで、うまく回っているみたい。

それを寂しいと思うことは全くなくって、むしろハッピーな年末年始。

もちろん、高齢の実家猫や祖母がどう過ごしているのかは気になるし、顔くらいみたかったけれど、自分の精神はすこぶる安定している。いつも実家に帰る前後の気持ちの上下はなかなかのものだ。駅に迎えに来た母の車の扉を開ける瞬間「今日は機嫌悪くないと良いな」とドキドキする。あの感じを感じなくて済む。カミングアウト後いないことになっているパートナーの話題をいかに避けて会話するか考えなくて済む。それだけで随分と心が軽い。

 

親不孝な娘なのかもしれない。実家の家族誰かが亡くなりでもしたら、後悔するのかも。でも、傷つけられた分、近づくのをやめようと思う気持ちは別に仕方ないよねと今は冷静に思う。

 

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ちょうどこの年末年始に、自分の中高時代を振り返る機会があって、あの頃の苦しさを思い出した。

多分この方向で期待しているんだろうなという範囲内で動いたり考えたりするのはつらかった。その頃の私の砦は本とインターネットだった。別に母が言うように空想の世界に逃げ込んでいたわけじゃないけど、夢中になれるものがあってよかったと今は思う。今思えば、そうやって自分の世界を守っていたんだと思う。母からどれだけ、「読む本の幅が狭いんじゃない?」とか「本ばかり読んでないで人とコミュニケーションをとりなさい」と言われても、それだけは譲らなかった。

 

カミングアウトの時も酷い想いをしたけれど、今は、あれから2年くらいの時間が経って、あのころの傷ついた気持ちをリアルに思い出すことはなくなった。笑い話として話すことができる。(ただ、そうやって笑い話にしようとすると、相手の方が察してくれて、辛かっただろうなという反応をしてくれることもある。ありがたい。)

 

カミングアウトした時、パートナーシップ制度がもし自分の住む自治体にできたとしても利用しないで欲しいといわれたけど、もしできたら利用する気満々だし、秘密にしろと言われたけど仕事の関係者にもどんどんカミングアウトしている。でも、それで着実に自由に、幸せに、精神的に健康に、なってきていると思う。正直、なにも解決していない。母が理解を深めてくれたわけでもないし、もし万一私の方が先に死んだら、キツネさんが困ることたくさんあると思う。そういうことの対策は、少しずつやっていかなければならないと思う。でも、ちゃんと距離をとって、自分の幸せと安全を自分で確保できているということだけでも、まずは自分を褒めてあげたい。

 

だから、親とのことで悩んでいる人がもしいるならば、まずは距離をとってみるのってありかもよ、ということと、親と仲良くなくても気に病まなくていい、ということを伝えたい。だってきっと親の方が先に亡くなってしまう。でもそれって、近い将来のことではない。自分が高齢者と呼ばれる歳になるくらいの頃かも。その時、「ああ、30代の時、40代の時、これやってたらよかった」と思っても、できないこともあるかも。親と仲良くなくても、楽しく生きていける、きっと。